三 贖罪

 私には、心がなかった。

 無表情。無頓着。酷薄。
 何を考えているのかわからない。
 情というものを、感じない。
 そんな周囲の風評を、私はただ客観的に眺めていた。

 反論はなかった。
 考え方を改めることもなかった。
 私には、他の考え方がわからなかったから。

 何を言われても、別に何とも思わない。
 いちいち気を取られるのは、無駄でしかない。
 そんな風にしか、思えなかった。

 そう、貴女と出逢うまでは。

 その出逢いは、偶然であり、必然であり、運命。
 貴女は、ただそこに佇んでいた。
 私は、明確な殺意を持って手を上げた。
 それが、私には当然の正義だったから。

 だけど。
 私は、上げた手を振り下ろさなかった。
 騒ぐことなく。恐れることなく。
 あるがまま。受け入れようとする姿に。
 私は、その存在を赦した。

 貴女は、私をまっすぐ見つめてくれた。
 貴女は、私に対して何の偏見も持たなかった。
 貴女なら、私のことを理解してくれるかもしれない。
 そんな風に思えた。

 いつの間にか、自分でも気付かぬうちに。
 私は貴女に惹かれていた。
 それが恋とか、愛とか。そういうものなのか。
 そんなこと、わからなかった。
 ただ、狂おしいほどに焦がれていた。
 それは、今まで私が全く知らなかった感覚だった。

 だから。
 貴女を失って初めて、自分にも心があることを知った。
 どんなに自分が舞い上がっていて。
 普段の自分を見失っていたか。
 初めて気が付いた。

 ある日突然、貴女は私から一方的に奪い取られた。

 それは禁忌だったから。
 知っていた。
 だから、初めて逢ったあの日。
 私が、私の手で。
 貴女を殺そうとした。

 だけど。
 私は貴女を赦した。
 それだけなら、きっと許された。
 それだけなら、きっと貴女は平穏な生活を送り続けて。
 きっと私も、何も変わることがなかった。

 それなのに。
 私は禁忌を犯した。
 それは、許されざる罪で。
 そのために、貴女は犠牲になって。
 そして、私は……

 この胸の苦しみは、何なのだろう。
 貴女は悪くない。貴女は悪くない。これは、私の罪だ。
 それなのに。それなのに、何故貴女なのか。
 何故私だけが、のうのうと生き恥を晒しているのか。
 何度身を投げても。何度彷徨えど。貴女の元に逝けない。
 これが、私に与えられた罰なのか。

 脳裏に焼き付く。
 ざわめき。罵声。朗々と読み上げられる罪状。
 それは、貴女の罪じゃない。貴女は関係ない。
 それなのに。裁きは容赦なく下されて。

 為す術もなかった私に、貴女はただ微笑んで……

 こんな思いをするならば。
 心なんて知らないままでいたかった。
 でも、知ってしまった。
 貴女への思い。世の中への疑問。自分への憎しみ。

 全てを失った私は。ただただ自分を責め続け。
 この罪を償うすべがわからず。
 こうして生きることもまた罪だと思いながら。
 今日もただ、流されるままに生き続けている……