私には、心がなかった。
無表情。無頓着。酷薄。
何を考えているのかわからない。
情というものを、感じない。
そんな周囲の風評を、私はただ客観的に眺めていた。
反論はなかった。
考え方を改めることもなかった。
私には、他の考え方がわからなかったから。
何を言われても、別に何とも思わない。
いちいち気を取られるのは、無駄でしかない。
そんな風にしか、思えなかった。
そう、貴女と出逢うまでは。
その出逢いは、偶然であり、必然であり、運命。
貴女は、ただそこに佇んでいた。
私は、明確な殺意を持って手を上げた。
それが、私には当然の正義だったから。
だけど。
私は、上げた手を振り下ろさなかった。
騒ぐことなく。恐れることなく。
あるがまま。受け入れようとする姿に。
私は、その存在を赦した。
貴女は、私をまっすぐ見つめてくれた。
貴女は、私に対して何の偏見も持たなかった。
貴女なら、私のことを理解してくれるかもしれない。
そんな風に思えた。
いつの間にか、自分でも気付かぬうちに。
私は貴女に惹かれていた。
それが恋とか、愛とか。そういうものなのか。
そんなこと、わからなかった。
ただ、狂おしいほどに焦がれていた。
それは、今まで私が全く知らなかった感覚だった。
だから。
貴女を失って初めて、自分にも心があることを知った。
どんなに自分が舞い上がっていて。
普段の自分を見失っていたか。
初めて気が付いた。
ある日突然、貴女は私から一方的に奪い取られた。
それは禁忌だったから。
知っていた。
だから、初めて逢ったあの日。
私が、私の手で。
貴女を殺そうとした。
だけど。
私は貴女を赦した。
それだけなら、きっと許された。
それだけなら、きっと貴女は平穏な生活を送り続けて。
きっと私も、何も変わることがなかった。
それなのに。
私は禁忌を犯した。
それは、許されざる罪で。
そのために、貴女は犠牲になって。
そして、私は……
この胸の苦しみは、何なのだろう。
貴女は悪くない。貴女は悪くない。これは、私の罪だ。
それなのに。それなのに、何故貴女なのか。
何故私だけが、のうのうと生き恥を晒しているのか。
何度身を投げても。何度彷徨えど。貴女の元に逝けない。
これが、私に与えられた罰なのか。
脳裏に焼き付く。
ざわめき。罵声。朗々と読み上げられる罪状。
それは、貴女の罪じゃない。貴女は関係ない。
それなのに。裁きは容赦なく下されて。
為す術もなかった私に、貴女はただ微笑んで……
こんな思いをするならば。
心なんて知らないままでいたかった。
でも、知ってしまった。
貴女への思い。世の中への疑問。自分への憎しみ。
全てを失った私は。ただただ自分を責め続け。
この罪を償うすべがわからず。
こうして生きることもまた罪だと思いながら。
今日もただ、流されるままに生き続けている……