小説

ウリルサイド4.転機

「仲間にならないか」 そう言ってきた奴は、とにかく掴み所のない男だった。 軽薄な印象。おっとりした口調。柔らかな物腰。そうありながら、口にする言葉は的を得ていて。ぼんやりしているようで、強い男だった。あの時。あの状況で、あれ程冷静な立ち回り…

ウリルサイド3.予感

「サシャ。落ち着いたかい?」 私の名を呼ぶ声。のぞき込む、くすんだ青色の双眸。 何が起こったのか。記憶を手繰る。 弟のシュンの怪我の手当てをしていた。弟は、えらく機嫌を損ねていて。一緒にいられない空気になって、私は部屋を飛び出して。そして。…

ウリルサイド2.反感

 仕事を片付けてアジトに戻ってきた俺を迎えたのは、どことなく浮ついた空気だった。 一応なりとも、俺はこの盗賊団の創設メンバーの一人である。しかし、出張が多く留守がちな身。元々人付き合いが苦手なこともあって、仲間達とは馴染めていない自覚くらい…

ウリルサイド1.勧誘

 降り注ぐ木漏れ日の元。それは祈るように佇んでいた。 鮮やかな真紅のワンピース。同色のフード付きケープからこぼれる、煌めく亜麻色の髪。 通りなれた森で、そこはまるで別世界だった。 現実から切り離された光景に、俺は言葉を。思考を失っていた。「…

柊夢幻サイド3.one’s own self

 いつも通りの朝だった。 まだ陽の上らない薄暗い白い空。わずかに聞こえる、鳥のさえずり。 いつも通りに、シャツとズボンだけを身につけて静かに階下へ降りる。 外の水場で顔を洗い、軽く運動。 いつもの朝。いつもの日課。だけど。 俺は空を見上げる…

柊夢幻サイド2.5.a guardian

 扉の開く気配に、食材の確認をしていた私は振り返る事なく声を上げた。「こんな夜更けに何の用だい?一応関係者以外立ち入り禁止だよ」「相変わらず素っ気ないな。レイリィ」 返ってきた声は、良く知った声。「あんたがこんな所に来るなんて、珍しいね。ジ…

柊夢幻サイド2.a close good friend

 変な奴だと思った。 人との会話の仕方を知らない奴だった。 常識というものを知らない奴だった。 何を考えているのか、全然わからなかった。 この辺りでは珍しい髪と瞳の色も相まって、別世界の人間のようだった。 ほとんど記憶にない叔父に連れられて…

柊夢幻サイド1.senior officer

「シャイア。入るぞ」 その言葉と共に、室内に踏み込んでくる気配を感じた時、私は目の前に山と詰まれた箱の中身を確認していた。 朝からひっきりなしに挨拶や荷物の配達で人が頻繁に出入りすることもあって、扉は開きっぱなし。誰が入ってきてもおかしくな…

柊夢幻サイド0.at the highest level

「納得できない。って顔をしているな」「いえ、そんなことありません」 私の言葉に、彼女は凛とした声できっぱりと言い放った。 しかし、宙を泳ぐ碧い瞳。何かをこらえるように引き結ばれた口元。彼女が内心でかなりの動揺を抱いていることは、少し人を見る…

一 親愛なる貴方へ

 憧れの人がいた。 とても身近な存在で。 とても頭がよくて。 とても強くて、格好よくて。 そして私を、とても愛してくれた。 だけどある日、 永遠に失ってしまった。 突然の別れに、どうしていいかわからなくて。 周りには平然を装っていたけれど。…

二 女神はうたう

 子供のころ通っていた教会に、一枚のレリーフが飾られていた。 描かれていたのは、ひとりの女性の横顔。 長い髪を風になびかせて。 うたうように。祈るように虚空を仰ぎ見る。 それはこの世界を救ったと云われる女神。 その表情は穏やかで。慈愛に満ち…

三 贖罪

 私には、心がなかった。 無表情。無頓着。酷薄。 何を考えているのかわからない。 情というものを、感じない。 そんな周囲の風評を、私はただ客観的に眺めていた。 反論はなかった。 考え方を改めることもなかった。 私には、他の考え方がわからなか…