大陸警備機構という組織に所属し神隠しに遭った幼馴染を探す冒険者、柊夢幻と魔道士ウリルとの出会いから始まる物語。険悪な仲だった二人は共に旅をするうちにお互い信頼しあえる相棒となり、その運命は大きく動き出す……。長編シリーズです。
本編
1.公務員冒険者と盗賊団
夢幻1 プロローグ
夕刻の酒場で、二人の男が向かい合い、話をしていた。 片方は、年配の商人風の男。もう片方は、若い旅人風の男である。 二人の口調は終始穏やかで。居合わせた客同士が世間話をしているように見えなくもない。しかし、少し勘の良い人間が見れば、その光景…
夢幻1 第一章 出会い 一
森の中に、一人の男が立っていた。 頭の高い位置でひとつにまとめられた、長い銀色の髪。油断なく辺りを見すえる紫水晶の瞳。黒服の上に、紺色のフード付きローブを、そでを通さずにマントのように羽織った長身。 そして、左手に抜き身の長剣をぶら下げて…
夢幻1 第一章 出会い 二
「ここまで来れば、大丈夫か」 森を抜け、街道まで出たところで、ようやく夢幻は足を止めた。 振り返り、森の入り口を見る。 来た時と同じく、広がるうっそうとした木々。そこに、動くものの姿は見当たらない。 ふう。 安堵のため息をもらす夢幻の耳元で…
夢幻1 第一章 出会い 三
「夢幻!またこんなところでサボって!」 頭上から降り注ぐ、鈴を鳴らしたような愛らしい声。 その声に少年は、閉じていた瞳を薄く開いた。 視界に飛び込んできたのは、うたた寝をしていた少年にとっては、まぶしすぎる陽の光。そして、それよりもさらにま…
夢幻1 第二章 魔道士 一
夢幻が村に到着したのは、すっかり夜も更けてからであった 大陸警備機構仕込みの追跡術を駆使して女を追った結果、痕跡はこの村の方向に続き。村の手前で唐突に途切れた。 故意に痕跡を消した。明らかに、そんな感じであった。そのような技術は、当然存在…
夢幻1 第二章 魔道士 二
早朝の森は、深い霧と静寂に包まれていた。 しっとりと湿気を帯び、ぬかるんだ地面を踏みしめて。夢幻は森の奥へと向かっていた。 天候と時間の条件があまりよくない割りに、道程は順調であった。警戒していた、魔物の襲撃もない。時間帯の問題なのか、そ…
夢幻1 第二章 魔道士 三
盗賊団の頭であるウリルに先導され、夢幻は森の更に奥までやって来た。 バルガを始めとした盗賊団の面々は、ウリルの指示により森の巡回に散って行った。そのため、今ここにいるのは夢幻とウリルの二人だけである。 道中、会話は一切なかった。 森の中を…
夢幻1 第三章 盗賊団 一
「突然呼び出してすまないな」 執務用の机から立ち上がって、そいつは申し訳なさそうに言った。「別に、気にしなくていいわよ。そんなに忙しく過ごしているわけでもないし、私は、貴方の下についているわけだしね」 知っている。 申し訳なく思っているのは…
夢幻1 第三章 盗賊団 二
サシャが規則正しい寝息を立てたのを確認してからその身体に布団をかけ直すと、ウリルは静かに寝室を出た。 ずっと開けっ放しになっていた寝室の扉を、大きな音が立たないようにそっと閉める。扉がきちんと閉まったことを確認してから、ウリルは窓辺に向か…
夢幻1 第三章 盗賊団 三
ガンッ!ガンッ! 断続的に殴りつけられる音。その度に扉がたわみ、部屋が衝撃に揺れる。 打撃音に混じって聞こえるのは、うなり声。息づかい。特有の、嫌な気配。間違いようもない。魔物のものだ。 何故、巧妙に隠されているはずのこのアジトが魔物に襲…
夢幻1 第四章 闇の石 一
「シュンはね、ウリルのことが好きだったの」 サシャが呟く。歌うように。囁くように。 もう動くことのないシュンの頭を膝の上に乗せて、優しく撫で続けている。 その身体は急速に冷たくなっていき、血液も、それ以外の体内に収まるべきものも、あふれてこ…
夢幻1 第四章 闇の石 二
その男の姿を認めるや否や、夢幻は走り出していた。 地面を蹴り、長剣を抜き。狭い通路の壁と、ほとんど影にしか見えない男の間のわずかな隙間に突っ込む。 ガキイィィィン! 金属がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。 弾き飛ばされる身体。それを見て、…
夢幻1 第四章 闇の石 三
木々の間から差し込む朝日が眩しかった。 すり抜けてゆくそよ風が、心地よかった。 だが……「助けてもらったことについては礼を言う。だが、何故殺した」 夢幻は、苦々しい思いとともに言葉を吐き出した。 ウリルは、夢幻が言っていることの意味がわか…
夢幻1 エピローグ
森の奥から、いくつも筋状の煙が上がっていた。 俺は、その煙を横目に森から出ようと足を速める。 あの後、盗賊団の頭は後始末をするからと力を失ったサシャの身体を抱えてアジトへと戻っていった。煙の具合から、脱出する際に燃やした入口だけではなくア…
外伝
サンプルノベル 奇妙な相棒
本編1と2の間に当たるお話。
創作紹介無配本用に書いたため、短く物語の雰囲気がわかるようになっています。
奇妙な相棒
ずっと、ひとりだった。 確かに、仲間には恵まれた。 認めてくれる人達は、確かに存在した。 それでも。 自分は、ずっとひとりだと思っていた。 失ってしまったあの時から。 夜の森。 漆黒の空に伸びる枝葉。隙間から、白い月明かりが薄…
都通りに風が吹く
本編中盤、夢幻とウリルの信頼度がそこそこ高くなった時期を想定したお話です。
都通りに風が吹く 一
窓から差し込む朝日に、男は目を開いた。 視界に飛び込んでくる景色は、所々がすすけた木の天井。無造作に荷物が置かれた文机。カーテンのかかっていない窓。 閉業して久しく使われていなかった宿屋を修繕したらしいこの寮室は狭くて簡素であり、普通に生…
都通りに風が吹く 二
事務部は、一階中央。つまり、吹き抜けの丁度中央部分から奥側に位置している。 吹き抜け沿いの階段を下りる夢幻は、その中央部分に当たる総合案内受付に見知った姿を発見した。 バンダナでまとめられた亜麻色の髪。革のベストに膝丈のスカート。すらりと…
都通りに風が吹く 三
エアの先輩に当たる受付嬢に一方的に後のことを任せて、三人は大陸警備機構本部を出た。 追跡の魔法を使用するウリルの先導で街を走り、たどり着いた場所は閑静な住宅街の一角。 地下水路はセントラルシティの地下隅々まで張り巡らされており、入口も街の…
都通りに風が吹く 四
翌朝。 夢幻の姿は大陸警備機構本部に併設された病院にあった。隣には制服姿のエアが付き従っている。「何か、ダシに使ったみたいで悪いな」 夢幻は病院の廊下を歩きながら呟くように言った。 あの後、エアの先導によってやってきた救急隊によってロキシ…
親愛なるあなたへ
ここに詩(うた)うは、儚い恋の物語・・・
心情表現のみで綴られた短編集。あえて登場人物は伏せています。
一 親愛なる貴方へ
憧れの人がいた。 とても身近な存在で。 とても頭がよくて。 とても強くて、格好よくて。 そして私を、とても愛してくれた。 だけどある日、 永遠に失ってしまった。 突然の別れに、どうしていいかわからなくて。 周りには平然を装っていたけれど。…
二 女神はうたう
子供のころ通っていた教会に、一枚のレリーフが飾られていた。 描かれていたのは、ひとりの女性の横顔。 長い髪を風になびかせて。 うたうように。祈るように虚空を仰ぎ見る。 それはこの世界を救ったと云われる女神。 その表情は穏やかで。慈愛に満ち…
三 贖罪
私には、心がなかった。 無表情。無頓着。酷薄。 何を考えているのかわからない。 情というものを、感じない。 そんな周囲の風評を、私はただ客観的に眺めていた。 反論はなかった。 考え方を改めることもなかった。 私には、他の考え方がわからなか…
四 幻影の少女
夢を見る。 今はない故郷の夢。 溢れる緑。流れるせせらぎ。 穏やかに流れる刻。 そして。 眩しいほどに、赤い少女。 あの頃は、それが永遠に続くと思っていた。 平穏で。何も変わらず。 あの頃は、それが嫌だった。 外の世界を。夢見続けていた。…
そして、前へ踏み出していく
本編が始まるまでの色んな人物視点のお話です。
柊夢幻サイド0.at the highest level
「納得できない。って顔をしているな」「いえ、そんなことありません」 私の言葉に、彼女は凛とした声できっぱりと言い放った。 しかし、宙を泳ぐ碧い瞳。何かをこらえるように引き結ばれた口元。彼女が内心でかなりの動揺を抱いていることは、少し人を見る…
柊夢幻サイド1.senior officer
「シャイア。入るぞ」 その言葉と共に、室内に踏み込んでくる気配を感じた時、私は目の前に山と詰まれた箱の中身を確認していた。 朝からひっきりなしに挨拶や荷物の配達で人が頻繁に出入りすることもあって、扉は開きっぱなし。誰が入ってきてもおかしくな…
柊夢幻サイド2.a close good friend
変な奴だと思った。 人との会話の仕方を知らない奴だった。 常識というものを知らない奴だった。 何を考えているのか、全然わからなかった。 この辺りでは珍しい髪と瞳の色も相まって、別世界の人間のようだった。 ほとんど記憶にない叔父に連れられて…
柊夢幻サイド2.5.a guardian
扉の開く気配に、食材の確認をしていた私は振り返る事なく声を上げた。「こんな夜更けに何の用だい?一応関係者以外立ち入り禁止だよ」「相変わらず素っ気ないな。レイリィ」 返ってきた声は、良く知った声。「あんたがこんな所に来るなんて、珍しいね。ジ…
柊夢幻サイド3.one’s own self
いつも通りの朝だった。 まだ陽の上らない薄暗い白い空。わずかに聞こえる、鳥のさえずり。 いつも通りに、シャツとズボンだけを身につけて静かに階下へ降りる。 外の水場で顔を洗い、軽く運動。 いつもの朝。いつもの日課。だけど。 俺は空を見上げる…
ウリルサイド1.勧誘
降り注ぐ木漏れ日の元。それは祈るように佇んでいた。 鮮やかな真紅のワンピース。同色のフード付きケープからこぼれる、煌めく亜麻色の髪。 通りなれた森で、そこはまるで別世界だった。 現実から切り離された光景に、俺は言葉を。思考を失っていた。「…
ウリルサイド2.反感
仕事を片付けてアジトに戻ってきた俺を迎えたのは、どことなく浮ついた空気だった。 一応なりとも、俺はこの盗賊団の創設メンバーの一人である。しかし、出張が多く留守がちな身。元々人付き合いが苦手なこともあって、仲間達とは馴染めていない自覚くらい…
ウリルサイド3.予感
「サシャ。落ち着いたかい?」 私の名を呼ぶ声。のぞき込む、くすんだ青色の双眸。 何が起こったのか。記憶を手繰る。 弟のシュンの怪我の手当てをしていた。弟は、えらく機嫌を損ねていて。一緒にいられない空気になって、私は部屋を飛び出して。そして。…
ウリルサイド4.転機
「仲間にならないか」 そう言ってきた奴は、とにかく掴み所のない男だった。 軽薄な印象。おっとりした口調。柔らかな物腰。そうありながら、口にする言葉は的を得ていて。ぼんやりしているようで、強い男だった。あの時。あの状況で、あれ程冷静な立ち回り…