scene6 夢はまぼろしなんかじゃなくて

 熱くて。息苦しい。

 暗闇の中で、わたしはただあえぐように呼吸をすることで精一杯で。

 こんなこと。初めてのこと。ではない。
 そう。覚えている。まだわたしが小さかったころ。
 体の弱かったわたしは、しょっちゅう原因不明の高熱を出していて。

「おか……さ……」

 かすれる声で。救いを求めて。
 のばした手を、誰かが握りしめてくれる。
 同時に、何かがわたしの額に当てられる。それは、ひんやりとしていて、気持ちよかった。そして、握られた手はあたたかくて、安心できた。

「おそらく、魔熱でしょう。このぶんだと、明日の朝には回復していると思いますよ」

 遠く。誰かの声が聞こえた。
 誰?なにを、言っているの?

 だけど。

 わたしの意識は、再び深い闇に沈んでいた。

 

「あ……」

 目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。
 だけど、知らない場所じゃない。なじんだ枕の感触。違和感のないベッドの配置に、カーテン越しに差し込む月明かり。ここは、寮の自分の部屋だ。
 起き上がってみて、額にぬらしたタオルが当ててあることに気付く。

「リマ。気が付いたのね。気分はどう?」

 かけられる声に、反対側のベッドに座る影に気が付く。

「せん……ぱ……」

 声を上げようとするが、うまくいかない。全身が熱っぽく、気だるく、頭が重い。

「無理をしないで。まだ熱が高いわ」

 ユキネ先輩の腕に支えられて、わたしは再びベッドに横になった。

「わたし。どうして……」

 どうして、自分の部屋で寝ているのだろう。
 ひどく、記憶が混乱している。

「校庭で倒れたのよ。覚えていない?」

 校庭……時計塔……

「あ……。わたし、時計塔から落ちてルベルさんに……」
「細かいいきさつは、私にはわからないけれどね。嫌じゃなければ、元気になってから聞くわ。とにかく、そこであなたが倒れて、イデアル様がここまで運んでくださったのよ」
「え、ええっ。イデアルさんが?なんでっ」

 ユキネ先輩の口から出た単語に、わたしは思わず跳ね起きた。
 いや、確かに意識を失う直前、その姿を見たような気がする。夢うつつで、その声を聞いたような気がする。

「たまたま学園長を訪ねていらしていたみたいね。それにしても、まさかあなたの魔力を見つけたのがイデアル様だったなんてね」

 そう。イデアルさんは、わたしに魔力があると教えてくれた人。だけど。

「イデアルさんのこと、知ってるんですか?」
「知っているもなにも、有名人よ。イデアル・リベリオー。例の指輪の試験で前例にない七色の石を出現させ、学園を主席で卒業。人は彼を、全属性の魔導士と呼ぶ」

 ユキネ先輩の説明を、わたしはぽかーんとした表情で聞いていた。
 そんなすごい人だったの?あの、おっとりした、間の抜けた魔法使いが?

「少し話しすぎたわね。今は眠りなさい。魔力を急激に放出して、オーバーヒート状態だって、イデアル様がおっしゃっていたわ。だから、ひと晩ゆっくり休めば良くなるそうよ」

 穏やかに話すユキネ先輩の口から、またしてもひっかかる言葉が出てきて、再びベッドに横たわったわたしはその単語をつぶやいた。

「まりょく……?」
「本当に、わかっていないのね」

 ユキネ先輩は、言葉で説明せずに握っていたわたしの右手を見せてきた。
 見慣れた。たぶん平均より少しだけ小さいわたしの右手。何もおかしなところはなかった……訳でもなかった。

「え」

 薄闇の中で、何かがきらりと光った。

 まさか。

 そうだ、確かにあの時、わたしの指輪も光を放っていた!
 確認するために、慌てて左手も出して、それに触れてみる。
 確かな石の感触。それと、細かい凹凸。
 ユキネ先輩の制止を振り切って、明かりをつける。

「わ、まぶし」
「目が慣れてないのよ。だから止めたのに」

 とにかく。明かりの元、わたしは改めて指輪を見た。
 白金色のラインが、細かく編み込まれたリング。そこに、ちいさな石がはまっている。はずだった。

「あれ?」

 よく見えない。だけど、さわってみると確かに石の感覚はある。
 不意に。
 ユキネ先輩が明かりを消す。すると、わたしの指先で丸いものが輪郭を見せた。
 それは、確かに石だった。

 どういうことなの?

 困惑するわたしに、ユキネ先輩は言った。

「もしかしたら、最初から石はあったのかもしれないわね」

 普通にしていると見えない、無色透明の石。それは、何を意味するのだろうか。

「考えたって、仕方ないわ。今は休みましょう」

 ユキネ先輩に促され、わたしは再び横になる。
 だけど、わたしの中でいろんなことが渦巻いて……いたのだけれど、やはり疲れていたのだろう。意外とあっさりと、わたしは深い眠りに落ちていた。

「指輪が変わって良かったわね。とは、言い切れないわね」

 遠くから、そんな声が聞こえた気がした。