scene7 わかりあえる想い

「リマ・メルカートル、やっと見つけましたわ」

 寮を出たところで、そんな声が響き、わたしはびくりと振り返った。
 金髪巻き毛の少女、アンジュ・ノーヴィリスが、寮の戸口に仁王立ちしていた。

「きょ、今日は、アナタにお話があってまいりましたの。少し、つきあってくださらないこと?」

 アンジュは、心なしか顔を赤くして。わたしの返事を待たずにわたしの腕を取り、どこかへ連れて行こうとする。
 わたしは、返す言葉に困った。正直、アンジュが怖くないといえばうそになる。何を言われるのか。何をされるのか。
 だけど。
 今までと確実に違うことがある。
 いつも一緒にいる取り巻きたちの姿がない。あまり時間がない登校前の朝というのも珍しい。なにより。アンジュの様子がいつもと違っていた。
 どのみち、こうもがっしりと腕をつかまれていては、おとなしく従うか乱暴に振り払うかしかないのである。だからわたしは、だまってアンジュについて行くことにした。

 人気のない体育倉庫裏で、アンジュの足は止まった。
 わたしに背を向けて、少しの沈黙。
 その後に、アンジュは唐突に口を開いた。

「ごめんなさい」
「え」

 予想外の言葉に、耳を疑う。

「どうすればいいかわからなくて……結果的にアナタを追いつめていた。ルベルに怒られたわ。仲良くなりたいなら、きちんと一対一で話をしなさいって」
「そ、そんな。わたしこそ、逃げ回ったりして、ごめん」

 驚きのあまり、思わずこっちもあやまる。

「アナタがあやまる必要なんてないわ。ワタクシだってわかっていますもの。アナタに非はないって。それに……その」

 アンジュにしては珍しく、口ごもる。
 しばらく間をおいて出てきた言葉は、さらに意外なもので。

「ルベルを助けてくださったこと……感謝いたしますわ」

 小さくなる言葉。どことなく上気した赤い顔。
 それでわたしは、あることに思い当たってしまった。

「アンジュさん。もしかして、ルベルさんのことが好きなんですか?」
「ふえっ」

 確かな動揺は、十分にわたしの勘を肯定していた。
 アンジュとルベルは、確か、ともに代々高位の魔法使いを輩出する名家で、お互いの中は悪かったはずだ。ルベルがいよいよまで静観していたのも、恐らくそれが理由だろう。
 だけどそれって。すごく。すごくすてき。
 一方。アンジュは、すごく困ったようにうつむいて、ぽつりと言った。

「だ……っ、誰にも、言わないでくださる?」

 その姿が、あまりにも意外で。かわいくて。

「じゃあ、二人だけの秘密だね。応援してる」

 わたしは、アンジュの両手を握りしめていた。

「ひぇっ?お、おうえん?」
「だって、友達じゃない」

 あっさりと言ったわたしの言葉が、意外だったのか。だけど、最初に友達になろうと言ってきたのは、アンジュの方で。

「そ、そう。そうね」

 さらに照れた調子で、背を向ける。
 そして。

「何をしてらっしゃるの。学校に行きますわよ。リマ」

 いつもの調子でそう言った。
 だけどそれは、今までよりほんの少しだけあたたかくて。

「はいっ」

 わたしは、アンジュの横に並び、軽い足取りで校舎へと向かった。