魔法とは、この世界に存在する唯一の、実用に耐えうるエネルギー源である。
その強大な力により文明は発達し、人々の暮らしは豊かになった。
魔法を使うことができるのはひとにぎりの存在。
生まれつき、魔力をその身に宿す選ばれた者のみである。
故に。
魔力を持ち生まれた者は、その力を私利私欲に使わず。
弱きものにその力を行使せず。
世の発展のためにのみ、その力を使わなければならない。
「そういう理由から、魔力を持って生まれてきた子供は全員、この学園に入学して心構えを学ぶ義務がある。ということね。今日はここまでよ。お疲れさま」
そう締めくくって、担任教師は教科書を閉じた。
夕日の差し込む教室には、担任教師とわたしのふたりだけ。
別に、わたしのできが悪すぎて居残り授業をしていたという訳ではない。
わたしの例は極端としても、先天的にしか身に着けることができない魔法の力。個人差が大きいのは当たり前ということで、魔法の授業に関しては、基本的にそれぞれに合わせた個別授業となっていたのである。当然、担任教師がひとりで全てを同時に見ることは難しいため、こうして放課後を利用して順番に授業を行うらしい。
そして、今日がわたしの初めての個別授業だった。
そうはいっても、目下、一切の魔法を使えないわたし。
初等部を飛ばして入学したこともあって、魔法とはどういうものかとか、魔法の力を持って生まれた人間はどうあるべきかという、本当に初歩の初歩になる座学だけで終了してしまった。
「あの」
さっさと教室をあとにしようとする担任教師に、思わずわたしは声をかけた。
「どうしました?リマ・メルカートル。今の授業でわからないことでも?」
不思議そうな表情で振り返る担任教師に、口ごもる。
とっさに声をかけてしまったものの、具体的な言葉が思いつかない。
考えた末出たのは、素直な自分の不安。
「わたしは……本当に魔法使いなんでしょうか」
担任教師の動きが、止まった。
しばし。考え込むような、そぶりを見せて。
「あなたに魔力が備わっている。それは紛れもない事実よ。だけど、あなたのようなケースは前例がないこと。だから、あなたの問いにたいしてはイエスともノーとも言えない。ただ、確かに言えることはひとつだけ」
少しのためらい。それでも、担任教師ははっきりと言った。
「あなたはこれから先、ずっと魔導士として扱われる。魔法が使えようが、使えまいが、ね」
その表情は心なしか寂しそうで。
同時に、わずかながらのあわれみを感じて。
理解した。
担任教師は、わたしの不安も、置かれた立場も、きちんと分かっている。
その上で、どうすることもできない。
それはきっと、この学園の構造とか、伝統的な問題で。
「そうですね。おかしなことを聞いてすいませんでした。失礼します」
だからわたしは、ただ頭を下げて教室を出た。
あかね色の空を見上げ、思う。
わたしは、なんなのだろう。
なんのために、ここにいるのだろう。
自分は価値のない人間なのではないか。
そんな気分に襲われる。
「リマさん」
不意に、声をかけられてわれに返る。
振り向くと、金髪巻き毛の少女とその取り巻きたちが数名立っていた。
「せっかくアナタのことを待っていましたのに、無視ですの?なんなの?」
「アンジュさん、すいません。少し、考え事をしてたので」
どうやら、気付かず素通りしてしまっていたらしい。
しまった。そう思った。だけど、もう遅い。
「まあ良いわ。遊びましょうリマさん。そのために、ワタクシたちはお待ちしておりましたのよ」
アンジュが、にっこりとほほ笑む。一方で、その右手にはすでに電撃がぱちぱちと音を立てていた。そしてわたしは、すでに取り巻きたちに取り囲まれていた。
わたしに、逃げ場なんてなかった。
わたしは、固い表情でうなずくしかなかった。
入学式からすでに三週間。
その光景は、すでに当たり前のものになっていた。