都通りに風が吹く 二

 事務部は、一階中央。つまり、吹き抜けの丁度中央部分から奥側に位置している。
 吹き抜け沿いの階段を下りる夢幻は、その中央部分に当たる総合案内受付に見知った姿を発見した。
 バンダナでまとめられた亜麻色の髪。革のベストに膝丈のスカート。すらりと伸びた細い身体。
 紛れもない相棒の姿に、夢幻は背後から声をかける。

「ウリル。お前こんなところで何してるんだ」
「あら夢幻ちゃん、奇遇ね」

 ウリルは、驚いた様子もなく振り向く。

「奇遇でもなんでもないだろう。エアもこいつは善良な一般人じゃないんだから、いちいち丁寧に相手しないで追い出していいぞ」
「うわ、夢幻ちゃん何気にひどい。エアはそんなこと言わないわよね?」
「えと……」

 二人から同時に話を振られて、ウリルと話をしていた受付嬢が困惑する。
 優しそうな柔和な顔立ち。濃紺の制服にえんじ色のスカーフ。下はタイトスカート。絵に描いたような受付嬢の立ち姿である。
 しかし、その容姿は相当に異質であった。腰まで伸ばされたストレートヘアも、困惑に瞬かせる双眸も鮮やかなエメラルドグリーンをしている。そのような鮮やかな色彩は、コンスティエラ内どころか国外でさえ見たことがない。
 ただひとり、夢幻の探しているある人物を除いては……。

「ウリルさんは私に挨拶しに来てくれただけですから、心配しなくても大丈夫です」

 柔らかな微笑みと共に返される言葉。

「まあ、エアが大丈夫ならいいが……邪魔だったらすぐ言えよ?」
「まったく、夢幻ちゃんはエアには甘いわよね」
「そんなんじゃないんだが……」

 ウリルに茶化され、うんざりする夢幻。

 彼女、エア・ヒルレインは、三年前に夢幻がセントラルシティの近くにある森の中で見つけた。
 彼女が何故そこにいたのか。何をしていたのか。それを知る者はいない。
 彼女はそれ以前の一切の記憶を持っていなかったからである。大陸警備機構で身柄を保護し、彼女について調査を行ったものの、今でも身元は不明のまま。彼女の記憶が戻る気配もない。
 結局、エアは夢幻の恩師であり、ロキシスの叔父に当たる人物の元に養子に入った。そして今春から大陸警備機構本部で受付嬢として働いている。
 夢幻は、エアがうまくやっていけるか心配したが、周囲からの評判はいいらしい。

 そのエアが、改めて穏やかな微笑みを夢幻に向ける。

「夢幻さん、おかえりなさい。ご無事で何よりです」
「ああ、ただいま。エアも元気そうでよかった」

 夢幻も感慨深い思いで言葉を返した。
 くい。と、服が引っ張られたのはその時である。ウリルが、エアと夢幻の仲をからかおうとしているのだろうか。
 文句のひとつでも言おう。振り返った夢幻の目に飛び込んできたのは、警戒の色を浮かべた端正な横顔。その真剣な表情にただならぬ様子を感じ、夢幻はウリルの視線の先を追った。
 この建物の一階は各種申請や通報の窓口があり、事務部のオフィス部分を除きほぼ一般開放されている。ここ、エントランスロビーも一般開放されていて、お昼時ということもあって一般人の姿で混み合っている。そんな中、ウリルが視線を向ける一角が異様にざわついていた。建物の入口に当たる位置である。

「なんだ。酔っ払いでもきたか?」

 たまに、酔っ払いや迷い人なんかがふらふらとやってくることがある。その時の反応に、今のざわつきは似ていた。しかし、そうではなかった。
 何かを避けるように割れる人混み。そこからふらつく足取りで姿を現した人物は、濃紺の大陸警備機構の制服を身に纏っていた。前屈みになり、辛そうに息をつく。驚きの眼差し。好奇の視線。
 人々の注目を一身に受けながら、それらに気付く余裕もなく、一歩、また一歩と足を踏み出す。

「だ……だれ……か……」

 苦しそうに、掠れた声を漏らす。
 乱れた金茶色の髪からわずかにのぞく顔に、夢幻は見覚えがあった。

「お前は、たしか……」

 記憶の糸を手繰る。
 しかし、その前に口を開く者があった。

「ネアロさん……?大丈夫ですか?」

 エアである。
 カウンターに手を突いて身を乗り出す。エメラルドグリーンの長い髪が大きくなびく。

「知り合い?」

 小声でエアに聞くのは、ウリルだ。

「学校で同じクラスだったの。ロキシスさんと同じ部署だったと思うけど……」

 それで、ネアロと呼ばれたこの青年が、今朝方ロキシスと一緒に居た新人であることに思い至る。しかし、一緒にいる筈のロキシスの姿は見当たらない。

「一体何があったんだ?ロキは……?」

 詰め寄る夢幻に、ネアロは顔を上げる。夢幻の姿を認め、蒼白の表情にやや安堵の色が浮かんだ。

「突然、魔物が現れて……先輩を……」

 切れ切れにそこまで言って、ネアロの身体が崩れ落ちる。慌てて支えた夢幻の手のひらに、ぬるりとした感触。

「……場所を変えよう。エア、応接室の鍵を借りてきてくれ」

 伝える言葉は、それだけで十分。
 エアは何も聞かずただ頷き、事務所の方へ走っていった。
 夢幻はその後ろ姿を見送ることはしない。すぐに苦しげに呼吸を続けるネアロの身体を抱え上げて、応接室の方へと向かった。

 

 応接室は、一階の西側に位置する。この辺りは使用するために許可が必要な部屋が多いため、立ち入るものは少ない。
 今も、廊下には夢幻達以外に人の姿はなく、エントランスの喧騒が嘘のように静かである。目指す応接室も例にもれず使用には許可が必要になり、扉には常に鍵がかかっている。
 鍵を取りに行ったエアが来ない限り、中に入ることはかなわない。筈である。
 応接室の扉の前まで来た夢幻は、ちらりと後ろを振り返る。そこには、当然のようについてきたウリルの姿があった。ウリルは、何も聞かず、何の躊躇いも見せずごく自然に夢幻と位置を入れ替わって扉の前に立つ。そして、自分の髪をまとめているバンダナの裏側からヘアピンを引き抜き鍵穴に突っ込んだ。
 程なく、かちりと軽い音。ウリルがそっと扉を押すと、施錠されていたはずの扉はあっさりと内側に開いた。
 すぐに、ネアロを抱えた夢幻が開いた扉をくぐる。

「悪いな」

 ウリルとすれ違いざま一声だけかける。
 対してウリルは、扉を閉めてから口を開いた。

「別にたいしたことじゃないわよ。それより、これならエアを行かせる必要なかったのではないかしら?」

 言外に、「最初から私に頼むつもりだったのでしょ?」という意味が込められていることはすぐに理解できた。確かに、その通りである。

「まあ、なんというか、組織ってものは面倒でな」

 夢幻は、ソファーにネアロを横たえながら曖昧に答えた。

 理由は、色々ある。
 形式だけでもきちんと手続きを取っておかないと後々面倒なことになる。大陸一と謳われる大陸警備機構本部のセキュリティーが、ウリルには全く役目を果たしていないという事実を伏せておきたい。
 そして何より、今一番必要な「力」を自然な形で連れ出したかった。

 ウリルは納得したわけではないだろうが、とりあえずそれ以上は何も言ってこなかった。

「傷口を見させてもらうぞ」

 夢幻は、一言断ってからネアロの上着の留め具を外して脱がせる。濃紺色の制服ではわかりにくかった鮮烈な深紅が、下着の腹部をぐっしょりと濡らしていた。一応応急処置はしたらしく、患部に布のようなものが当てられてはいるものの、それも元の色がわからない程に真っ赤に染まっている。布を取ると、凄惨な傷口が露わになった。

「これは……刃物……か?」

 傷口は、脇腹をぱっくりと開く形で横一線に走っている。鋭利な刃物で切り裂いたような形だ。とにかく出血が多く、未だネアロが呼吸を繰り返す度にじわじわと患部から血が滲み出していく。すでに意識朦朧。顔色も青く、このままでは失血死してしまうだろう。

 よくこの状態でここまで歩いて来られたものである。

 と、そこに軽いノックの音が響く。

 ウリルが少しだけ扉を開き、その隙間からするりと部屋の中に滑り込んできたのはもちろんエアである。

「すみません、お待たせしました」

 持っていた鍵を自身の胸ポケットにしまい込みながら夢幻の横にやってくる。その鍵を使わずとも皆すでに応接室の中に入っているわけだが、察しのいいエアは特に言及しない。

「頼む」

 細かいことを伝える必要はない。夢幻はそれだけを呟くように言うと、エアに場所を譲る。
 横たわるネアロの前に立ったエアは、ネアロの傷口に右手をかざした。

「!?」

 ネアロは一瞬怪訝な表情を浮かべ、すぐにそれは驚愕へと変わる。
 エアの掌から、淡いエメラルドグリーンの光が溢れている。その光が、ネアロの傷口をみるみるうちに塞いでいく。

「いったい何が……っ!」

 起き上がろうとするネアロの身体を、夢幻が力業でソファーに押し戻す。
 押し戻された衝撃と、傷口から走る痛み。失血によるめまいに言葉を失うネアロに顔を寄せ、夢幻は囁くように告げた。

「動かない方がいい。あと、このことは他言無用だ。わかったな?」

 その迫力と、目の前で起こる奇跡を前に、ネアロはこくこくと頷くことしかできない。

「夢幻さん、それ、脅迫みたいですよ?ネアロさん、大丈夫です。すぐ楽になりますから、大人しくしていて下さい。ただ……完全には治すなと言われていますので……」

 エアは申し訳なさそうに言葉を濁す。

 この世界には、生物の怪我や病気を癒すための魔法は存在しない。それが通説であり、常識だ。
 しかし、エアは何故か治癒魔法のようなものを使うことができる。その力の正体についてはエアの身元同様、わからないままである。少なくとも、一般的に言われる魔法とは違うらしい。それは普通の魔法をエアは使えないということからもわかる。
 稀有であり、利用価値の高い力。それ故にエアの身が危険にさらされたことがあった。以来、この力については大陸警備機構内で最重要機密扱いとされ、エア自身も力を使うことに対して戒めるようになった。
 もっとも、緊急時にはこうして不自然ではない程度に力を使うこともある。エアの力について知っているという人間は、決して少なくはない。

「い、いえ、大丈夫です。ありがとうございます……」

 ソファーに横たわったまま、ネアロがエアに答える。
 すでに傷口は細く赤い痕を残すのみ。出血が治まったおかげか、顔色も少しは良くなり、言葉もしっかりとしている。

「それで、何があったというの?」

 早速と言わんがばかりに切り出したのは、ずっと部屋の戸口に立ち、黙ってことの成り行きを見守っていたウリルである。受け答えが十分にできる状態まで回復したと判断したのだろう。やや性急な感があるのは否めないが、夢幻としてもネアロの話を聞くことは重要な事項である。

「急かすようで悪いが、話してもらえないだろうか。何が起こったのか。ロキはどこに行ったのか……」

 しばしの間があった。
 逡巡というよりは、言うべきことを整理していたのだろう。

「心配をおかけしてすいません。僕も、そのために戻ってきたんです。話を聞いてください。そして……先輩を助けてください」

 そう前置きして、ネアロは横になったままゆっくりと話し始めた。

 

 地下水路で怪しげな物音がする。
 そんな通報を受けて、ロキシスとネアロは調査のために地下水路へやってきた。

「今のところ、そういった音はしないですね」

 きょろきょろと辺りを見回すネアロ。声が、わぁん……と静まりかえった地下水路に反響する。

「あんまり騒ぐなよ。通報があった位置に移動するぞ」

 いつになく堅く、低い声を返すロキシス。ネアロに背を向けて、さっさと水路の奥へと歩き出す。

「あ、待って下さいよ先輩ー」

 慌てて後を追うネアロ。
 しかし、

「うわっ」

 ロキシスが不意に足を止めたため、勢い余ったネアロはその背中に思いっきりぶつかってしまった。

「どうし……」

 怪訝そうに口を開くネアロに、ロキシスは人差し指を立てて黙るように伝える。
 再び水路に静寂が戻ったことにより、ネアロもそれに気が付いた。
 遠くから、何か変な音が聞こえていた。ぶーん。という、低い、唸りのような音。
 音は、徐々に大きくなってきた。こちらに近づいてきている。ネアロの後方。十字路になっているところの、左側から聞こえてくるような気がする。
 そう思ったネアロは、何の気なしに十字路を覗き込んだ。
 瞬間。

「馬鹿!行くな!」

 悲鳴じみた叫び。何かに突き飛ばされる衝撃。暗転する世界。
 ネアロは、自分の身に何が起こったのか理解できなかった。

 意識が飛んでいたのは、そう長い時間ではなかったと思う。
 気が付くと、ネアロは通路の壁際に倒れていた。

「一体何が……っつう」

 訳もわからず起き上がろうと身を起こしかけて、全身にはしる激痛に声のない悲鳴を上げる。
 再び意識が遠のくのを辛うじてこらえて、深呼吸。痛みが落ち着いてきたところで、辺りの状況が目に入る。
 地下水路は、静かだった。微かな水音が、とてもとても大きく感じられる。
 ひどく寒いが、脇腹だけが熱を帯びていた。恐る恐る手を伸ばすと、ぬるりとした感触。どうやらひどい出血をしているらしい。悪い冗談だ。ネアロはそう思った。どうして、こんなことになってしまったのだろうか。そう考えているうちに、思い出す。ロキシスの叫び声、突き飛ばされる感覚。何かが……ものすごい勢いで通っていったような……風。

「せん……ぱい?」

 先程まで一緒にいたロキシスのことに思い至り、恐る恐る呼びかけてみる。静かな地下水路に、ネアロの声が響く。しかし、返事はおろか、人の気配すら感じられない。ネアロは、一人きりであった。
 ロキシスはどこに行ってしまったのだろうか。
 あの時に通った「何か」に連れ去られてしまったのだろうか。恐らくは、ネアロの代わりに。
 不安は嫌な想像をかき立て、吐き気がこみ上げてくる。

「先輩を……探さないと……」

 しかし、腹部の熱がその思いを阻害する。この身体で単身地下水路の奥へロキシスを探しに行くのは自殺行為だ。そう、身体が訴える。
 ならば、どうすればいい?
 震える手で、とにかく応急処置を施しながら必死に考える。
 そして、思い至ったのはここに来る前。大陸警備機構本部前でロキシスと親しげに話す男の姿。彼こそが大陸警備機構内でも有名な柊夢幻であることは、ロキシスの口から聞いている。
 彼なら、きっとなんとかしてくれる。
 ネアロは、痛みをこらえて立ち上がった。よろよろと壁に手をつきながら、来た道を戻る。
 戻らなければ、早く。本部に戻らなければ……

 ネアロは、その一心で足を動かし続けた。

 

 そこまで話して、ネアロは一度目を閉じた。

「その後のことは、あまり覚えていないんです。どの道を歩いてきたのか。どの位時間がかかったのか。気が付くと、目の前に貴方がいました」

 目を閉じたまま、呟くように話すネアロに浮かぶのは、苦渋の表情。

「すいません……僕は、何もできなかった」

 無力な自分への、自責の念。

「いいえ、ネアロさんは正しい判断をしたと思います」

 そっとネアロの手を取り、言葉を返したのはエアである。ネアロは、驚いたように目を開きエアの姿を見つめる。
 ネアロの判断は正しい。
 それは、夢幻も同感だ。
 自らの力量を理解し、出来うる限りの最善を尽くす。新米でそれをできる人間はなかなかいない。そして、運も味方したとはいえ、これだけの怪我を負いながらきちんと目的を果たしている。
 そう、夢幻に助けを求めるという目的だ。
 だから、ここから先は夢幻の仕事。

「あとは俺に任せろ。ちゃんとロキを連れて帰ってくる」

 力強く、エアの言葉を繋ぐ。
 しかし、ネアロは首を横に振って答えた。

「いえ、僕も行きます。怪我も治してもらったし、道案内も必要でしょう」

 確かに、怪我は治っている。赤い傷痕が残ってはいるが出血は完全に治まり、痛みも動けない程強いものではないだろう。だが、それらは表面上の話。

「休んでいた方がいいと思います。私の力は、本人の治癒力を高めるだけのもの。貴方は今、かなり体力を消耗している筈です」

 エアが、ネアロの手に添えた自らの手に力を込めて起き上がろうとするネアロを制する。
 そう、たとえ完全に治癒術を行使したとしても体力の消耗は避けられない。今のネアロでは道案内どころか、夢幻達について行くことすら困難なはずだ。それがわからない程ネアロも馬鹿ではないだろう。しかしそれでもこの件に関する責任感や、ロキシスを思う気持ち。夢幻達に対する申し訳ない思いが、引くことをよしとしないのだろう。

「ここで黙って休んでいる訳にはいきません。これは僕達の仕事ですから」

 尚も言い募るネアロ。その身体が、不意に揺らいだ。

「僕は……先輩を……」

 言葉はそこで途切れ、ネアロの身体から力が抜ける。
 疲れきって気を失ったという訳ではない。

「ウリル、お前なぁ」

 顔を上げた夢幻が、呆れたように声を上げた。
 戸口に立ったままで、遠巻きに話を聞いていたはずのウリルがいつの間にかすぐそばに立っていた。その右手が、ネアロに向けてまっすぐ伸ばされている。
 魔法を使って眠らせてしまったのは、一目瞭然だ。

「ここで言い争っていても時間の無駄よ。行きましょう」

 ウリルは、何の感慨もなく言い放った。
 確かに、ウリルの言い分には一理ある。ウリルが素で使った睡眠魔法に対して、何の抵抗もなく眠ってしまう程度にはネアロは消耗していた。しかし、

「地下水路は広いんだぞ?大まかな場所もわからずにどうするつもりだ」

 詰め寄る夢幻に対して、ウリルの答えは非常にあっさりしたものであった。

「大丈夫よ。これだけ血生臭かったら入口位までなら簡単に探知できるわ」

 夢幻は脱力して息を吐く。

「まったく、便利な奴だな」

 確かに、出来るならそれが一番手っ取り早い。
 後のことはエアに任せて早速出発しようかと、夢幻はエアに顔を向ける。強い決意の込められたエメラルドの瞳と目が合った。

「エア。お前はここで……」
「夢幻さん。私も行きます」

 先制しようとした言葉は、強い言葉に遮られてしまう。
 こうなったエアは、頑として引かない。
 何か上手く諦めさせる方法はないだろうか。考える夢幻の耳に、想定外の台詞が入る。

「いいわ。エア、一緒に行きましょう」

 ウリルだ。

「ちょっと待てウリル」
「エアは別に怪我とかしている訳じゃないし、大丈夫よ」
「そういう問題じゃなくてだな」
「こっちのことは、先輩にお願いしますから問題ありません。私だって、ロキシスさんのことが心配です。お願いします」

 エアはそう言って深々と頭を下げた。
 危険な目に合わせたくない。辛い思いをさせたくない。あんな表情は、二度と見たくない。
 それだけなのに。
 返す言葉が見つからない夢幻に、ウリルがそっと耳打ちする。

「心配しなくても大丈夫よ。私がエアを守るから」

 その言葉に、夢幻は少なからず驚きを感じる。「私が守る」そんな言葉、こいつからなかなか聞けるものではない。夢幻には甘い甘いと言っておきながら、ウリルも案外エアに対して甘いような気がする。

「どうせ私がいないと、夢幻ちゃんは一人じゃ場所もわからないしね。エア、行きましょう」

 ウリルは軽く言うと、エアを促してさっさと部屋を出ようとする。もちろん、夢幻への対応は冷たい。
 これでは、夢幻は折れるしかない。

「わかった。ただ、絶対に無理するなよ」

 降参とばかりに了承の意を伝える。ただ、念だけは押しておく。
 エアは穏やかに微笑み、再び頭を下げた。

「はい。ありがとうございます。夢幻さん。ウリルさん」