柊夢幻サイド0.at the highest level

「納得できない。って顔をしているな」
「いえ、そんなことありません」

 私の言葉に、彼女は凛とした声できっぱりと言い放った。
 しかし、宙を泳ぐ碧い瞳。何かをこらえるように引き結ばれた口元。彼女が内心でかなりの動揺を抱いていることは、少し人を見ることに長けた者ならばすぐにわかるだろう。

 彼女がこうも動揺するのも、無理はない話である。
 先日、彼女が面倒を見ている後輩が、ひとつの重要な過ちを犯した。
 そのため、彼女の後輩は目下謹慎中である。その最中に、上司に当たる私からの呼び出しだ。彼の処遇が決まったのかと思うのが普通であろう。
 しかし、いざ私の口から発せられたのは、彼女及び後輩に対する昇進と、二人に与える新しい任務の話だった。拍子抜けというより、何か裏があるのかと勘ぐって良いレベルだろう。
 だが、彼女が抱えている動揺の理由が他にあることも、私にはわかっていた。

「そんなに彼を外に出すのは嫌か?」
「嫌ですっ」

 彼女の先程以上にきっぱりとした即答に、私は立場も忘れて吹き出してしまった。
 反射的に漏れてしまった本音に、慌てる彼女。

「い、いえ。決して待遇に不満がある訳ではないのですが……」

 取り繕う言葉も上手く紡げず、口ごもる。
 彼女の家は代々この組織、大陸警備機構において重役を勤め上げた者が多い。彼女自身もそうなるべく育て上げられ、若いながらも重鎮達の間では才女と期待される程だ。そんな彼女がここまで取り乱すのはなかなか見られるものではない。

「笑って悪かった。お前の心配はわからなくもない。だが、あいつは大丈夫だ。ちゃんと信念もある。何より、私達があいつをお前の兄の二の舞にはさせないさ」

 彼女の兄は何年も前に殉職。帰らぬ人となった。その時、彼女の兄が就いていた任が「冒険者」というものであり、彼女の後輩を就けようとしている任務と同じものである。
 そう、彼女は何よりも恐れている。大事な者を失うことを。自分の手の届かないところで、力の及ばないところで大事な者が苦痛に晒されることを。
 だが。

「それに、そのためにお前がいるんじゃないか。今度は、お前は無力じゃない。一緒にはいられなくたって、しっかり手綱を握っておける」

 つい諭すように言ってしまう私の言葉に、何か思うことがあったのか。

「拒否するつもりは最初からありません。それに、彼は元々冒険者志望でした。話をすればきっと喜ぶでしょう。早速彼に……柊夢幻に遣いの者を出してきます」

 彼女はそう言うと一礼し、「失礼します」と颯爽と踵を返す。

 

 躊躇いのない後ろ姿を見送り。閉まる扉を見つめ。私は思いを馳せずにはいられなかった。
 彼女の碧い瞳は、強い決意を宿していた。
 それが何を意味することか。きっと本人にすらわからないだろう。
 ただひとつ確かなこと。先輩と後輩の関係で、共に動いてきた二人が上官と部下の関係になるということ。
 そして彼女は彼を死地へと赴かせる。無事生還できるよう、精一杯の訓練を施してから。

「……無理を……するなよ……」

 自分にはどうすることもできないとわかっていながら、私は祈らずにはいられなかった。自分のかつての部下だった男の妹と、自ら発掘した将来有望な若者の未来が、報われるものであることを。