※the woRks original 41 パンフレット寄稿。
表紙と中表紙を担当した友人のさちねちゃんとリヒトさん夫妻のキャラクターをイメージした一次創作の二次創作です。
公開に快諾いただいたお二人に感謝。
「はあ……はあっ……」
剣士が一人、ドラゴンと戦っていた。
吐く息さえも凍り付く、冷気に満ちた氷の洞窟。しかし、戦いに集中している剣士の身体は熱く、周囲からは湯気が立ち上っている。
狭い洞窟内であるにもかかわらず巨体のドラゴンの動きは機敏で、前に立てば氷の息吹が。後ろに立てば尻尾が。横に立てば腕が、爪がようしゃなく襲いかかってくる。少しでも気を抜けば、小柄な剣士の身体はひとたまりもないだろう。
だが、剣士はその全ての攻撃をぎりぎりのところでかわし、隙をうかがう。
そして。
一瞬の隙を見つけた剣士は剣を振り上げ、振り下ろして。
ぱきん
洞窟内に軽い音が響く。
「嘘……だろ……」
剣士の手に残るのは柄の部分のみ。
自慢だった刀身は、ドラゴンの鱗に当たった瞬間に折れて砕け散ってしまっていた。
* * * * *
「はぁ……」
雪が降り積もる寒い戸外にも関わらず、魔法使いの少女はひとりベンチに座り込み、幾度目かわからぬため息をついた。
「私って、なんなんだろう」
自問する。
ずっと、仲間たちと一緒に冒険をしていた。
順調だった。
だけど。
突然。もやっとした。
自分にできること。自分がしたいこと。自分らしさ。このままでいいのだろうか。
そんなことをぐるぐる考えていて。そうしているうちにうまく気持ちを処理しきれず、少女は思わず叫んでいた。
「「バカヤロー!」」
その言葉が、何故か二重になっていて。
違和感に見回すと、降りしきる雪の向こうに黒い人影。びっくりしたような表情を浮かべた少年が立っていた。年の頃は少女と同じくらいだろうか。
驚きと気恥ずかしさに、思わず立ち上がった少女に向かって、少年が呟く。
「ごめん。自分が不甲斐なくて、思わず叫んだら……その……」
少女ははっとした。
自分と同じだ。自分も自分の不甲斐なさに叫んだんだ。
そう気付いた瞬間、少女はむしょうにおかしくなってきた。
こらえきれずに笑いだす。つられたように、少年も笑いだしていた。
ひとしきり笑ってから、少女は少年に声をかける。
「あなたと話をしたい。いいかな?」
それは予感。
この人と一緒にいたら、何かをつかめるかもしれない。
「私、幸音。あなたは?」
「俺は、リヒト」
二人は、雪の中にもかかわらず夢中で互いのことを話していた。
* * * * *
剣士は再び、ドラゴンの前に立っていた。
右手には自ら鍛えた新しい剣。左手には杖を握りしめた相棒が寄り添うように立っている。
リヒトと幸音。二人の出会いから、すでに一年が経っていた。
この日のために、できるだけのことはしてきたつもりだ。ドラゴンのことを調べ。試行錯誤の上で新しい剣を鍛えた。自分自身も鍛錬を欠かさなかった。何より、今は一人じゃない。自分が一番落ち込んでいたあの日に出会って、はげまし合って、一緒に歩いてきた存在。今日もついてきてくれた相棒。彼女のためにも負けられない。そう思った。
「いくぞ!」
相棒と軽くうなずき合い、気合の声を上げて、リヒトは飛び出した。
ドラゴンと対峙するのは二度目。準備を整えてきたこともあり、リヒトはためらいなくその攻撃を避けながら間合いを詰めていく。
一方、幸音は初めて見るドラゴンに圧倒されていた。リヒトから話は聞いていたけど、聞くのと実際に見るのでは全然違う。
「やっぱり……こわい」
手が震え、足がすくむ。
だけど。
「だけど、決めたんだ」
一緒に、戦おうと。
出会った日に、ただ黙って自分を肯定してくれた人と。
今はドラゴンなんかより、そんな彼を失うことの方がこわい。自分らしく戦えずに逃げ出してしまう方が嫌だ。
そう思ったら、不思議とやれる気がしてきた。
杖を握り直し、魔力をこめる。イメージを、ふくらませる。
次の瞬間。洞窟の中を色とりどりの光が駆け巡った。
それから。どのくらいの間戦っただろうか。
さすがに二人ともボロボロになっていたが、連携の取れた攻撃の前にドラゴンの動きは徐々に鈍くなっていて。
「今だ!」
リヒトのその声だけで、何を求められているのか理解できる。
掲げられた剣に、幸音が魔力を飛ばす。
剣は虹色にきらきらと輝き、その切っ先がドラゴンの硬い鱗を貫き体内に埋め込まれていく。ドラゴンは大きく暴れようとするが、幸音が新しい魔法を飛ばすと動きを止める。
そして、ついにその巨体は地面に倒れた。
ドラゴンの持っていた精霊力が解放され、陽炎のように立ち上って霧散していく。
「や、やったー!!!」
二人手を取り合って。飛び上がって喜ぶ。
ついにドラゴンを倒したのだ。
* * * * *
「あたたかい……」
洞窟から出ると、あたたかな日差しが差し込んでいた。
「不自然に強かった氷の精霊力が解放されたからな。これで、ようやくこの辺りの気候も元に戻る」
リヒトの言葉通り、この辺りはずっと雪と氷に閉ざされていた。しかし今は、所々雪が溶けて地面が見えており新たな草木が芽吹こうとしていた。
「ありがとう。おかげでドラゴンを倒せた」
頭を下げるリヒト。
対して、幸音は笑顔でその顔をのぞき込む。
「ありがとうはこっちだよ。リヒトのおかげで、自分に自信が持てたの」
もう、迷いはない。
「だから、これからもよろしく!」
「ああ。よろしく」
二人、手を取り合って歩く。
長く苦しい冬が終わり、春が訪れようとしていた。
おしまい