銀月闇光(銀の月、闇を照らす)

※FINAL FANTASY11のイメージテキストです。

 

 光あるところにまた、闇があるように
 この世界に、裏の世界が存在するのを知ったのはいつの事だっただろうか
 闇霧に包まれたその世界に何度挑み、幾度破れただろうか
 闘いが始まってから、どの位の刻が経ったのだろうか

 闇を支配する王は、ついにその片膝を付き、ゆっくりとその場から消滅した。

 一瞬の静寂の後、勝利の声が暗い空に響き渡った。

 激しい闘いであった事を物語るかのように、大半の者はその場に座り込んで息を整えていた。被害は最小限で食い止めたとはいえ、負傷者も多い。しかし、その表情は皆、一様に明るい。
 自分は、仲間達から少し離れた場所で一人、雪の中に倒れ込むように横になった。たまたま、敵を倒した時に離れた場所にいた。というだけなのだが、疲れ切った身には、その距離が有り難かった。
 闘いの熱気が、未だ全身に残っているのか、降り積もった雪の上にも関わらず、冷たさは感じなかった。

 だが……

 何気なく手を伸ばし、掌を月明かりに透かしてみる。
 満月、光曜日。
 その月の光は、どちらの世界でも変わることなく、静かに、透き通った銀色の光を落とし続けていた。
 清浄な光を掴み取ろうと指先を動かしてみるが、武器を握っていた指先は完全に感覚を失っていた。それ程までに、自分は緊張していたらしい。

 どの位、呆然と月を眺めていたのだろう

「大丈夫?」

 そんな声と共に、月の光が遮られた。
 それはある意味、月の光よりも眩しい銀色。
 自分にとって、あまりにも現実離れした光景に、一瞬魅入ってしまう。
 だが、その状況が現実である事を理解した瞬間、反射的に上体を起こそうとした。

「疲れているでしょうから、そのままで」

 自分の姿が滑稽だったのだろう。彼女は、微笑を浮かべながら起き上がりかけた身体を押し留める。
 掛けられたのは、何の飾りもない、短い労いと感謝の言葉。
 メンバー一人一人に声を掛けて回っていたらしい。彼女らしい気遣いである。
 リーダーとして進軍指揮を続けた彼女は、誰よりも疲れている筈である。しかし、疲労の色を微塵も感じさせず、こうして積極的に動いている。何よりもメンバーの事を考えている。
 胸が熱くなった。
 労いも、感謝も、本当は彼女に掛けるべき言葉だ。
 それを伝えると、彼女は「ありがとう」と微笑んだ。
 そして、そのまま自分の横に座る。一通り、声を掛け終わった後のひとときの休息らしい。
 月を見上げる彼女の、凜とした横顔を月の光が照らしている。
 それは、とても綺麗な光景であった。いつしか自分は、完全に彼女に魅入ってしまっていた。
 彼女の美しさは、外見だけの物ではない。
 真っ直ぐに前を見る志。人知れず努力をした事による、自信を持った毅然とした態度。時に厳しく、時に優しい心遣い。
 そんな彼女だからこそ、自分は今まで付いてきたのだ。

「そろそろ、帰りましょう」

 どれほどの間、そうしていただろうか。
 彼女は、誰に言うでもなく呟いた。
 確かに、手元にある砂時計に残された刻は、あと僅かである。
 不意に、立ち上がりかけた彼女の身体がふらりとよろめいた。
 自分は、反射的に立ち上がってその身体を支えていた。
 身動きを取る事すら億劫だった筈だが、不思議な事に、何の問題もなく自分の身体は動いた。
 表には出さないが、やはり無理をしていたらしい。
 心配ではあったが、すぐに自分の力で歩き出した彼女の背中に声を掛ける事はしなかった。それを、彼女が望んでいない事位理解している。
 彼女は、何事もなかったかのように皆の輪の中に入っていった。改めて皆を労い、撤収を伝える。
 その言葉を受けて、一人、また一人と思い思いの手段で表の世界へと帰還していった。

 最後に、自分と彼女だけが残った。

 目が合うと、彼女は穏やかに頷いた。全員の帰宅を見届けるまで、帰らないつもりなのだろう。だから、自分はこれ以上ここに留まる事をせず、一礼だけして呪符を掲げた。その効果はすぐに現れ、全身を転送の魔力が包み込んでいく。
 自分のホームまでは一瞬。
 その短い刻の間に、その世界を、闘いの様子を、月光に照らされた彼女の横顔を心の奥に焼き付ける。

 次の瞬間には、もう変わっている景色。
 同じ夜。同じ月。
 だけど、その景色は見慣れた自分が拠点としている街。

 帰ってきたんだ。

 だが、感慨にふける気力すら残っていない事はわかっていた。
 だから、やるべき事は一つ。自分の部屋に入り、着替える。
 ベッドに潜り込む前に、ふと懐に入っていた砂時計を出してみた。
 不思議な色をした砂時計は、とっくに砂が落ちきって、中身が空っぽになっていた。
 彼女は、あの後すぐに帰ったのだろうか。それとも、最後まであの場に留まったのだろうか。
 どちらにしろ、彼女がゆっくりと休息できる事を願わずにはいられなかった。そしてまた、自分を、皆を元気に導いてくれるように。と。

 誰も居なくなったあの世界を、きっと今も、あの月光だけが静かに照らし続けているのだろう……