一 親愛なる貴方へ

 憧れの人がいた。

 とても身近な存在で。
 とても頭がよくて。
 とても強くて、格好よくて。

 そして私を、とても愛してくれた。

 だけどある日、
 永遠に失ってしまった。

 突然の別れに、どうしていいかわからなくて。
 周りには平然を装っていたけれど。
 気持ちの整理なんて全然つかなくて。
 失意に暮れていた私の前に、貴方が突然現れた。

 私は、喪失感を埋めるためだけに貴方に近づいた。

 貴方はあの人のように身近な存在ではなくて。
 貴方はあの人のように頭がいい訳ではなくて。
 貴方はあの人のように精神的に強くはなくて。
 格好いい訳でもなくて。

 そして私を、どう思っていたのかわからなかった。

 だけれども、何時からだろう。
 私の心から、貴方が離れなくなったのは。

 離れようと思った。
 この想いは、危険だから。

 だけれども。
 一度離れたはずの貴方と、何の因果か再会した。

 いつしか貴方と私は、
 とても近い存在になっていて。
 それでいて、とても遠い立場になっていた。

 そして、貴方の心はここにはなかった。

 知っていた。
 そんなこと、理解していた。
 貴方もまた、心の隙間を埋めるために、
 私に付き合っていたことくらい。

 だけれども。
 私の心は納得できなくて。
 どうすればいいか、わからなくて。
 気持ちを伝えることも出来ず、
 厳しい言葉を投げつけるしか出来なかった。

 冷たく突き放しておきながら、
 誰よりも側にいて欲しいと求めている。
 自らの手で辛い死地に赴かせておきながら、
 誰よりも失うことを恐れている。

 だから私は。
 いつだってこの部屋で貴方の帰りを待っている。
 抱えきれないほどの慕情と、不安と。
 ほんの少しの期待を胸に。
 平静を装うために、
 山と積まれた仕事と向き合って。
 それでも。
 貴方が返ってくるこの日だけは。
 どうしても集中できない。

 そうしているうちに。
 靴音が聞こえてくる。近付いてくる。
 私にはすぐにわかる、貴方の音。
 扉が開き、貴方が姿を現す。

「全く。ノックくらいしなさいといつも言っているじゃない」

 おかえりなさい。無事で、良かった。