憧れの人がいた。
とても身近な存在で。
とても頭がよくて。
とても強くて、格好よくて。
そして私を、とても愛してくれた。
だけどある日、
永遠に失ってしまった。
突然の別れに、どうしていいかわからなくて。
周りには平然を装っていたけれど。
気持ちの整理なんて全然つかなくて。
失意に暮れていた私の前に、貴方が突然現れた。
私は、喪失感を埋めるためだけに貴方に近づいた。
貴方はあの人のように身近な存在ではなくて。
貴方はあの人のように頭がいい訳ではなくて。
貴方はあの人のように精神的に強くはなくて。
格好いい訳でもなくて。
そして私を、どう思っていたのかわからなかった。
だけれども、何時からだろう。
私の心から、貴方が離れなくなったのは。
離れようと思った。
この想いは、危険だから。
だけれども。
一度離れたはずの貴方と、何の因果か再会した。
いつしか貴方と私は、
とても近い存在になっていて。
それでいて、とても遠い立場になっていた。
そして、貴方の心はここにはなかった。
知っていた。
そんなこと、理解していた。
貴方もまた、心の隙間を埋めるために、
私に付き合っていたことくらい。
だけれども。
私の心は納得できなくて。
どうすればいいか、わからなくて。
気持ちを伝えることも出来ず、
厳しい言葉を投げつけるしか出来なかった。
冷たく突き放しておきながら、
誰よりも側にいて欲しいと求めている。
自らの手で辛い死地に赴かせておきながら、
誰よりも失うことを恐れている。
だから私は。
いつだってこの部屋で貴方の帰りを待っている。
抱えきれないほどの慕情と、不安と。
ほんの少しの期待を胸に。
平静を装うために、
山と積まれた仕事と向き合って。
それでも。
貴方が返ってくるこの日だけは。
どうしても集中できない。
そうしているうちに。
靴音が聞こえてくる。近付いてくる。
私にはすぐにわかる、貴方の音。
扉が開き、貴方が姿を現す。
「全く。ノックくらいしなさいといつも言っているじゃない」
おかえりなさい。無事で、良かった。