森の奥から、いくつも筋状の煙が上がっていた。
俺は、その煙を横目に森から出ようと足を速める。
あの後、盗賊団の頭は後始末をするからと力を失ったサシャの身体を抱えてアジトへと戻っていった。煙の具合から、脱出する際に燃やした入口だけではなくアジト全体が燃えるように火を放ったのだろう。全てを、焼き払うつもりなのだろう。そう。かつての仲間たちも。そこにあった思い出も。全て。
「彼」が何を思い、何を考えているのか。俺には最後まで理解できなかった。
ただ……
「くそっ」
頭上から襲いかかってきた魔物を切り伏せ、思わず悪態をつく。
森は、相変わらず魔物が多い状況が続いていた。森に漂う気配から、あの闇石を破壊したことにより元を絶ったという自信はある。しかし、すでに魔物化してしまったものを元に戻す術はない。一体、どのくらいの動植物が魔物化してしまったのか。考えたくない。それほどに、魔物が多い。そして、そのために俺はなかなか森を抜け出せずにいた。
今朝方、森の奥へ向かった時とは大違いである。同時に、おぼろげな記憶で、魔道士でもある盗賊の頭が言った言葉を思い出す。
「魔物除けの魔法くらい、かけておくから」
あれは、本当のことだったのだろうか。だとしたら、かけ直してもらえばよかった。
立ちふさがる魔物に剣をふるい、心底そう思う。
「ギャッ!」
不意に背後から上がる声に、目の前の魔物を切り伏せながら振り向く。そこには、今まさに俺に飛びかかろうとする魔物の姿。ではなく、焼け焦げて木に張り付いた魔物の姿だった。
「お困りのようね」
頭上から聞こえる声に、俺は顔を上げる。その隙にさらに新たな魔物が飛びかかってくるが、動きは単調。見ていなくてもとどめを刺せる。
木の枝に腰かける人影。陽の光を受けて煌めく、亜麻色の髪。眩しくてその表情は良く見えないが、声の主が誰かくらい、考えなくたってわかる。
「お前……。なんでこんなところに」
「一応貴方よりは土地勘があるもの。先廻りくらい、お手のものなのよ」
そいつはそんなことを言いながら、俺の前に軽やかに着地する。
「何の用だ」
つい、冷たい声色になってしまうのは仕方のないことだ。こいつが良い知らせを持ってくるとはとても思えない。
「せっかく助けに来てあげたのに、冷たい態度ね。まあいいけれど。これから世話になるわけだしね」
あまりにもさらりと言われた言葉に、一瞬俺は何を言われたのかよくわからなかった。助けに来た?世話になる?
「お前……何を企んでいる……?」
やっとの思いで絞り出した声に、目の前にいる元盗賊団の頭にして魔道士で。女の姿をした「彼」は無邪気な表情で言った。
「何って。貴方と一緒に行くって言っているのよ」
そんなこともわからないのか。
そう言わんがばかりの言い方。
「ついてきてもいいと言った覚えはないが」
うんざりと肩を落とす。むしろ、ついてくるな。
「私が勝手についていくだけよ。それなら迷惑にならないでしょう?」
「そういう問題じゃ……」
「私が一緒の方が、早く森を抜けられるわよ?」
自信満々な言葉に、言葉が詰まる。
まさに先ほど、ほんの少しでもそう思ったはずだ。
「と、いうことでよろしくね。夢幻ちゃん」
俺が返す言葉を失ったことをいいことに、そいつはそうたたみかけて俺の腕を取る。
「おいっ。ひっつくな!というか、何故ちゃん付け」
「別に好きに呼んでいいじゃない。さっさと森を抜けたいのでしょう?行きましょう。夢幻ちゃん」
威勢よく、腕が引かれる。
予想外の力に、抗うすべなく引っ張られる。自分は力がある方だと思っていたが全く逆らえない。この魔道士にそれほどの腕力があるようには見えないので、大方魔力で増強しているのだろう。
波乱に満ちた旅になりそうだ。
森のぬかるんだ道を引きずられながら、俺はぼんやりとそんなことを考えていた。
この時、俺は思いもしなかった。
この出会いが、後にお互いの運命を大きく動かすことを。