「リマ・メルカートル、やっと見つけましたわ」
寮を出たところで、そんな声が響き、わたしはびくりと振り返った。
金髪巻き毛の少女、アンジュ・ノーヴィリスが、寮の戸口に仁王立ちしていた。
「きょ、今日は、アナタにお話があってまいりましたの。少し、つきあってくださらないこと?」
アンジュは、心なしか顔を赤くして。わたしの返事を待たずにわたしの腕を取り、どこかへ連れて行こうとする。
わたしは、返す言葉に困った。正直、アンジュが怖くないといえばうそになる。何を言われるのか。何をされるのか。
だけど。
今までと確実に違うことがある。
いつも一緒にいる取り巻きたちの姿がない。あまり時間がない登校前の朝というのも珍しい。なにより。アンジュの様子がいつもと違っていた。
どのみち、こうもがっしりと腕をつかまれていては、おとなしく従うか乱暴に振り払うかしかないのである。だからわたしは、だまってアンジュについて行くことにした。
人気のない体育倉庫裏で、アンジュの足は止まった。
わたしに背を向けて、少しの沈黙。
その後に、アンジュは唐突に口を開いた。
「ごめんなさい」
「え」
予想外の言葉に、耳を疑う。
「どうすればいいかわからなくて……結果的にアナタを追いつめていた。ルベルに怒られたわ。仲良くなりたいなら、きちんと一対一で話をしなさいって」
「そ、そんな。わたしこそ、逃げ回ったりして、ごめん」
驚きのあまり、思わずこっちもあやまる。
「アナタがあやまる必要なんてないわ。ワタクシだってわかっていますもの。アナタに非はないって。それに……その」
アンジュにしては珍しく、口ごもる。
しばらく間をおいて出てきた言葉は、さらに意外なもので。
「ルベルを助けてくださったこと……感謝いたしますわ」
小さくなる言葉。どことなく上気した赤い顔。
それでわたしは、あることに思い当たってしまった。
「アンジュさん。もしかして、ルベルさんのことが好きなんですか?」
「ふえっ」
確かな動揺は、十分にわたしの勘を肯定していた。
アンジュとルベルは、確か、ともに代々高位の魔法使いを輩出する名家で、お互いの中は悪かったはずだ。ルベルがいよいよまで静観していたのも、恐らくそれが理由だろう。
だけどそれって。すごく。すごくすてき。
一方。アンジュは、すごく困ったようにうつむいて、ぽつりと言った。
「だ……っ、誰にも、言わないでくださる?」
その姿が、あまりにも意外で。かわいくて。
「じゃあ、二人だけの秘密だね。応援してる」
わたしは、アンジュの両手を握りしめていた。
「ひぇっ?お、おうえん?」
「だって、友達じゃない」
あっさりと言ったわたしの言葉が、意外だったのか。だけど、最初に友達になろうと言ってきたのは、アンジュの方で。
「そ、そう。そうね」
さらに照れた調子で、背を向ける。
そして。
「何をしてらっしゃるの。学校に行きますわよ。リマ」
いつもの調子でそう言った。
だけどそれは、今までよりほんの少しだけあたたかくて。
「はいっ」
わたしは、アンジュの横に並び、軽い足取りで校舎へと向かった。