あおい空。満開のさくら。さしこむ光はまぶしくて、あたたかい。
わたしは、白亜の講堂にたっていた。
窓からさしこむ陽の光に、石造りの白い床がきらきらと輝いて。
窓から見える景色は、白い壁に赤い屋根の建物を、豊かな緑がつつみ込んでいる。
知らない場所。知らない空気。まわりにいるのは、知らない人たち。
ここは、わたしの知らないせかい。
本当に、来てしまった。
今でも、信じられない気持ちでいっぱいだった。
ここは、学園アカディミア。通称、魔法学園と呼ばれる場所。
魔法使いのたまごたちが集まる、全寮制の義務教育の場。
そこに、なんのとりえもない。普通の女の子だと思っていたわたしが、入学することになった。
ある日突然、わたしに魔法の力があることが発覚してしまったから。
それは、おおよそありえない話だった。
魔法の力は、先天的に宿る力。
さして知識がなくても、おおよそ五、六歳くらいまでにはなんらかの魔法を使えるようになるのが普通だ。
わたしは今十二歳。
魔法を使ったことはない。
だから、わたし自身も。まわりの人たちも、半信半疑で。
ただ一人。わたしの力を指摘した魔法使いだけが自信満々だった。
だけど。
計測の結果、わたしには確かに魔法の力があって。
それは、無視できないほどに強い力である。
らしい。
魔法の力を持って生まれた者は、学園アカディミアへ入り、魔法使いとしての心得を学ばなければいけない。
それは、わたしの住む国で、法で定められたこと。
本来は、六歳で初等部から始める学園生活。対して、わたしの歳はちょうど中等部からとなるタイミングで。前例のないことに、どうしようかという話ももちろんあったのだけれど。今まで普通の学校に通っていたのなら中等部からでも問題ないだろうという判断の元。
とんとん拍子で、わたしのアカディミア中等部への入学が決定したのである。
だけど、やっぱり信じられなかった。
わたしには、今でもそのような力の実感はなくて。
魔法が使えないまま、魔法学園の入学式を迎えたのである。
「アカディミア中等部への入学、おめでとう。みなさんは、初等部ですでに魔力を持つ者としての心構えを学ばれたことと思います。世のために尽くすこと。私利私欲で魔力を行使しないこと。そして、自らの力に責任を持つこと。これは中等部でも。いえ、この先もずっと変わらない、みなさんに課せられた義務です」
初老の女性が壇上にあがり、ゆったりとした口調で話し始めた。
アカディミアの学園長、アウィア・クピディタース。入学までの間にお世話になったので、その顔は覚えている。
物腰のやわらかい、やさしい印象の女性。だけど、壇上に立つとさすがに威厳のようなものが感じられるから不思議である。
「さて、中等部ではそれらの基礎をふまえた上で、各々の魔力の個性を見つけ、育んでいくことになります。そのための指針として、この魔法の指輪を、みなさんに授けます」
学園長はそう言うと、かたわらの箱からひとつ、指輪を取り出して見せた。
それは、なんの飾りもない銅色のシンプルなリング。
「アンジュ・ノーヴィリス。壇上へ」
「はい」
学園長の呼びかけに応えて、一人の少女が優雅なしぐさで立ち上がる。
それは、あらかじめ定められていたことだったのだろう。少女は、全くためらいのない動きで、堂々と壇上にあがる。そうして、学園長の真正面に立ち、右手を差し出した。
少女の中指に、学園長が指輪をはめる。
その瞬間。
指輪が、金色の光に包まれた。
光はすぐに消え、それを確認した少女は振り返ると、高々と右手をかかげた。
講堂に、学生たちのどよめきがあがる。
わたしも、信じられない光景に驚いていた。
少女がはめた指輪の形が、変わっていた。
鈍い銅色だったリングは、金色にきらめき。金糸を編み込んだような意匠を凝らした形に。
そして。
リングの中央で大粒の黄色の石が、きらりと光った。
「このように。指輪はみなさんの魔力に応じて姿かたちを変えます。リングの形は、魔導士としてのレベルに応じて。そこに付く石は、魔力の属性に応じたものになります。この、アンジュ・ノーヴィリスの指輪はレベル二十程度。属性はきれいな雷ですね」
学園長の説明に、講堂がざわめく。
「レベル二十だってさ。さすが雷鳴の姫君だ」
「私には、どんな石がつくのかしら」
学園長は、学生たちを静かにさせるように片手を上げてから話を続ける。
「指輪は、みなさんと共に成長します。ですから、今のレベルが低くてもあきらめずに精進してください。在学中にできるだけ指輪を成長させること、それが、中等部に入学するみなさんに課せられた使命です」
学園長が、そうしめくくる。そして、金髪巻毛の少女は一礼して壇上から降りて行った。
それから。
次々と、学生の名前が呼ばれていった。
名前を呼ばれた学生は壇上にあがり、指輪をはめていく。
その度に。銅色のシンプルなリングは光を放ち、形を変えていった。
それは、学園長が言った通り、人によって色も形もさまざまで。先ほどの少女ほどではないがかなり豪華な装飾の施された白金のリングから、二本のリングが絡まりあうシンプルな美しさのある銀色のリングまであり。そこに付く石に至っては、赤、青、緑。色の濃さや形もそれぞれ違っていて、本当に誰一人同じものはなかった。
いや応なしに、胸が高鳴る。
わたしの指輪は、どんなものなのだろう。
「リマ・メルカートル」
いよいよ、わたしの名前が呼ばれた。
「は、はいっ」
知らず、声がうわずる。
「あの子、誰?」
「なんか、特例で編入してきたらしいよ」
「特例?今までどうしていたのかしら」
ひそひそとしたざわめき。向けられる、好奇の視線。
そう。ここにいる人たちにとって、わたしはよそ者の新入り。ほかの人たちが全員初等部からの顔見知りなのに対して、わたしだけが初めて見る顔。その反応は、無理もないこと。
さすがに、わたしは緊張の面持ちで壇上にあがった。
「右手を」
学園長に言われるがまま。右手を差し出す。
その際、うっかり演台に手をぶつけて顔をしかめるが、学園長はそんなことを気に留めることなくわたしの中指に指輪を差し込んだ。
かすかな光とともに、金属がわずかに収縮して、わたしの指に収まった。
え。
状況がのみこめなくて、わたしはじっと指輪を見つめた。
右手中指にはまった指輪は、銅色で。何の装飾も。石すらもついていないまま。鈍く光を反射している。
いくら待っても、その状況が変化する気配はない。
「今、何か変わったか?」
「何も変わってないよな」
「あいつ、本当に魔導士なのか?」
学生たちがざわつき始める。
わたしは、頭が真っ白になって、どうしていいかわからずに、学園長に視線を向ける。
だけど。
「リマ・メルカートル。戻りなさい」
学園長は、表情を一切変えることなくわたしに告げた。
わたしは、何事もなかったかのように壇上からおりるしかなかった。