第二章 魔道士 三

 盗賊団の頭であるウリルに先導され、夢幻は森の更に奥までやって来た。

 バルガを始めとした盗賊団の面々は、ウリルの指示により森の巡回に散って行った。そのため、今ここにいるのは夢幻とウリルの二人だけである。
 道中、会話は一切なかった。
 森の中を黙々と進むウリルの背中を、夢幻が黙って追いかける。
 そうして、どのくらい進んだだろうか。

「ここよ」

 ようやく、ウリルの足が止まる。
 ウリルの背中越しに、その視線が指し示す方角を見る。
 森が途切れ、切り立った崖が広がっていた。

「何もないようだが?」

 そこは、どう見ても行き止まりであった。
 昨日の件もあり、夢幻の口調は懐疑的だ。

「そんなに簡単に見つかるようじゃ、アジトとして成り立たないわよ。いいからちゃんとついてきてね」

 ウリルはそう言うと、夢幻の方を振り向くこともなくするりと崖の近くに生い茂った茂みに潜り込んだ。すぐにウリルの姿が見えなくなる。
 夢幻は、慌ててウリルと同じように茂みに潜り込んでみた。
 一見。茂みが生い茂っているだけのように見えていた場所が、入ってみると茂みと崖の間に人一人が通れる程度の空間になっていた。左手側に茂み、右手側に延々と岩肌が続いているように見えるが、一メートルほど先の岩陰から、手招きするかのように手が飛び出していた。
 そこへ近づくと、岩肌に縦に亀裂が入っていて横穴ができていた。茂みに入っただけでは見つけられない。なるほど、巧妙な隠れ家である。
 穴は、夢幻の体格では横を向かないと通れない大きさではあったが、そう苦労することなく中に入ることができた。
 そこに、ウリルが立っていた。

「中は意外と広いんだな」

 奥に続く通路は、大人二人が横に並んで歩いても余裕があるほどの幅がある。驚くことに、そこは丸太によって組み上げられた柱と梁で補強されており、床には歩きやすいように木の板が敷き詰められていた。とても素人仕事には思えない、しっかりとした造りである。
 思わず辺りを見回してしまう夢幻に対し、ウリルは無表情で「ついてくるように」と視線だけを投げかけて通路の奥へと進んでいく。
 そこに、小柄な影が駆けよって来た。

「お頭!おかえりなさい!」

 元気のよい声と共に、ウリルに向けて満面の笑みを浮かべるは一人の少年。大きな黒い瞳と、やや褐色がかった肌が印象的である。どうやら掃除をしていたところだったらしく、右手にほうきをぶら下げていた。

「ただいま、ルダ。朝からお掃除、ご苦労様」

 ルダというのが少年の名なのだろう。ウリルが彼にねぎらいの言葉をかける。それだけで、ルダの頬がみるみるうちに紅潮していくのがわかる。

「い……いえ、これも僕の仕事ですから」

 しどろもどろに答えるルダに、ウリルは言葉を続ける。

「ところで、エイリの具合はどう?」

 その言葉に、ルダははっとなった。

「お頭が取って来てくれた薬草のおかげで、だいぶ調子は良くなっているみたいです。昨晩はぐっすりと眠れていたみたいですし。ただ、まだそんなに動くのは厳しいみたいで……」

 答えるルダの表情は瞬時に曇り、言葉が途切れる。
 ウリルはかがみ込み、うつむくルダに視線を合わせる。

「そう。きちんと眠れているのなら大丈夫よ。安心して。しばらくは当番から外すから、無理しないでゆっくりと休むように言ってあげてね」

 それで落ち着きを取り戻したらしく、ルダの表情に元気が戻る。

「はいっ。ありがとうございます!」

 勢いよく頭を下げるルダに、ウリルは「またね」と軽く手を振ってから彼の横を通り過ぎる。夢幻も一応、すれ違いざま頭を下げてからその後に続いた。しかし、憧れと尊敬のこもったまなざしでウリルを見つめ続ける少年の瞳には、夢幻の姿など全く映っていなかった。

 それにしても。

「あんな子供まで盗賊なのか?」

 ルダに聞こえない距離であることを確認してから、夢幻はウリルの背中に声をかけた。
 ルダの年齢はどう見積もっても十二、三歳くらい。もしかしたら、もっと若いかもしれない。その純朴な笑顔は、最初に会ったバルガたち一味のガラの悪い風貌と比べると違和感が大きい。

「誤解しているかもしれないけれど、ここにいるからってみんな盗賊っていう訳じゃないわよ」

 前を歩くウリルは、振り向くこともなく、歩みをゆるめることもなく答える。
 夢幻は、ウリルの背中を見ながら考える。
 今までに遭遇した盗賊団と比べて小規模とはいえ、バルガたちを見た感じけっして弱小という訳ではない。そんな中に魔道士であるウリルや、夢幻以上の実力を持った剣士のキースがいる。このしっかりとした造りのアジトといい、それなりに勢力を持った盗賊団となるだろう。
 そうであるにも関わらず、近くの村では盗賊団の話は一切聞かなかった。
 村人たちが彼女の存在を必死に隠そうとしていたことといい、何か事情がある集団なのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、廊下が終わって開けた場所に出ていた。
 ここまで来る途中でいくつか扉も見かけたが、ここは大きな部屋になっているにも関わらず扉が付いていなかった。大きな机がふたつと、たくさんの椅子が乱雑に並べられている。恐らく、食事や談話に使われる共有の部屋なのだろうと夢幻は予測した。
 部屋の一角では、少年たちが談笑していた。驚くことに、彼らもまたルダと同じくらいの年頃だ。
 少年たちは部屋に入ってきた夢幻たち、というより、ウリルの姿に気が付き、慌てて立ち上がって挨拶をする。対するウリルも、ひとりひとり名前を呼んで丁寧に挨拶を返している。
 その様子を感心しながらながめていた夢幻は、ふと、少年のひとりと目が合った。
 少年の表情が怪訝なものに変わる。
 子供なだけあって、反応が正直だ。

「あの……」

 少年が、ウリルに向けて口を開く。
 恐らく、そこに続くのは「この男は誰だ」ということだろう。だが、その問いが発せられることはなかった。

「ウリル。おかえりなさい」

 少年の声に重なるように、場違いなほどおっとりとした、柔らかな声が割り込んできたからである。
 その声はためらいがちに発せられた少年の声に比べるとよく響き、その場にいた者は皆、声の主に注目する。
 夢幻たちが入ってきた入口とは大部屋を挟んで、丁度反対側に声の主らしい人影があった。その更に奥に廊下が見えており、そこから部屋に入ってきたのだろう。
 声質から予測はついていたが、それは若い女性であった。ウリルと同じくらいの年頃だろうか。
 薄い茶色の髪は邪魔にならないように後ろでひとつにまとめられて、緩やかなウエーブを描きながら腰の下あたりまで流れている。穏やかに細められた瞳は翡翠色。パフスリーブの長袖のブラウスに、クリーム色のフレアースカートという、ボリュームのある服装をしているにも関わらず、上からかけられたエプロンに締められた腰はかなり細い。
 そんな女性の姿を見て、ウリルは笑顔で声をかけた。

「ただいま、サシャ。心配かけたかしら」
「あなたに心配するような要素なんてないじゃない。お疲れ様。その様子だと、上手くいったみたいね」

 サシャと呼ばれた女性は、そう言いながら夢幻を見て意味ありげに微笑みかける。次に、戸惑う少年たちに向き直り、おっとりとした調子のまま語りかけた。

「ウリルのお客様なのだから、失礼のないようにね。それと、少し込み入ったお話をするみたいだから、しばらく席を外してもらえると、ウリルは喜ぶと思うわよ」

 柔らかく微笑む。それは、ウリルの裏がありそうな微笑とは違う。自然で天然の微笑。
 それで少年たちは、すぐにウリルとサシャに対して一礼して、奥へと去って行った。

「相変わらず、見事な手並みね」

 少年たちの後ろ姿を見送ってから、ウリルが口を開く。

「ウリルにはまだまだかなわないわ」
「そんなことないわよ。子供たちはサシャの言うことは素直に聞くじゃない」
「あの子たちにとって、ウリルは高い存在すぎるのよ。それよりはい、預かり物」

 そう言ってサシャがエプロンのポケットから取り出したのは、黒い革製の財布。見間違いようもない。

「俺の財布……」

 手を伸ばすが、ウリルの方が一手早い。夢幻の手は、あえなく空を切る。

「案外いい手つきをしているわね。私たちの仲間になる気はない?」
「冗談。いいから返せ」

 ウリルの手の中に収まった財布を取り戻すために更に手を伸ばすが、やはりあっさりとかわされてしまう。

「まあ、お遊びはこのくらいにしておいて」

 夢幻の手をかわした流れのまま、ウリルは綺麗な動作で財布を懐にしまい、手近にある椅子に腰をかける。そうして、テーブルをはさんで向かい側にある席を、勧めるように指で指し示す。

「本題に入りましょうか。かけてちょうだい」

 釈然としない気持ちはあったが、ここまできて抵抗する意味もないので大人しく促された席へと腰を下ろす。

「お茶、淹れてくるね」

 サシャは、二人が落ち着いたのを見計らってから、そう言い残して部屋の奥へと出て行った。

 そうして。
 広い空間に、夢幻とウリルだけが残された。
 ウリルは、品の良い所作で椅子の位置を微調整してから、口を開いた。

「最初に。お願いがあるのだけれど、私たちのことは誰にも言わないで欲しいの」

 落ち着いた、凛とした声が、広い空間に響き渡る。
 夢幻は、ウリルのたたずまいに重圧を感じていた。さすがは盗賊団の頭。というべきなのだろうか。だが、こちらとしても簡単に気圧されるつもりはない。

「お前が、俺の財布を盗んだことか?」
「言うわね。まあ、それもあるけれど。私も含めた、この盗賊団の存在のことよ。理由は、貴方なら少し考えればわかるでしょう?」

 ウリルは、多くを語らない。
 そして、その事情については、夢幻が聞いたところで答えてはもらえないだろう。

「この後の話を聞いて、判断させてもらおう」

 だから、こちらも確約はしない。
 しかし、ウリルは意外なほどあっさりと言った。

「まあ、貴方は言わないわよ」
「信用……されている訳ではないな」
「いざという時には、貴方を帰さない手段はいくらでもあるし、何よりこちらにはこれがあるしね」

 ウリルは、懐から夢幻の財布を取り出してにっこりと笑う。

「いいかげんにそれを返せ」

 まったく。腹立たしい。

「心配しなくても、ちゃんと返すわよ。話が終わってからね」

 夢幻の手を警戒しているのか。テーブルの上に財布を置き、更にその上に自らの手を乗せる。
 そして。
 ウリルの表情が、真剣なものに変わった。
 恐らく、ここからが本題だ。
 なんとなくはぐらかされたような気もしないでもないが、本題を聞かないことには始まらない。夢幻も、姿勢を正して聞く体勢を整える。
 ウリルは、静かに話し始めた。

「二週間ほど前の話よ。森の中を巡回していた仲間の一人が、魔物に襲われたの。そんなに強くはなかったから、大事には至らなかったのだけれどね。だけど、この森に住んでいて、魔物が襲ってきたことなんて初めてだった。確かに、この森にだって魔物は生息しているわ。だけど、意外に思うかもしれないけれど、魔物たちは普段、人間から隠れるようにひっそりと暮らしているものなのよ」
「いや、知っている」

 ウリルの言葉に、夢幻は相槌を打った。
 一般的に魔物は人間に害をなす存在という認識があり、倒すものといわれているのは確かだ。
 しかし、色々な魔物と相対する機会があった夢幻は知っている。いかに普通の魔物たちが人間を恐れ、人里離れたところで静かに暮らすことを望んでいるかを。
 そう。普通の魔物なら。

「それで、警戒を強めながら様子を見ることにしたのだけれど、日に日に目撃される魔物の数も、凶暴さも増していった。そして先日、ついにうちの若い子が襲われて大怪我をしてね。私が単身、薬草を採りがてら魔物の偵察に出たって訳。後は……貴方が見た通りよ」

 そこでウリルは言葉を切った。夢幻の反応をうかがうように、まっすぐに見つめてくる。

「つまり……あの状況は想定内だった。ということか」
「魔物たちの反応を見たかったのよね。あ、貴方が割って入ってきたのはもちろん想定外だったわよ」
「ああ。助けなければよかった」

 夢幻は、心底後悔していた。今ならわかるが、こいつは、自分が介入しなくても自力であの状況をなんとかしていた。自らあの状況を作り上げていたのはもはや明白であり、それを知らずにうかつに助けてしまったせいで自分は今こんな目に遭っているのだ。

「あら。でも別に悪いことばかりじゃないわよ」
「そりゃあ、お前にとってはな」

 幾分嫌味のこもった口調を返すが、ウリルの顔から笑みは消えない。

「だって貴方、森の魔物のことを調べていたのでしょう?少しは有益な情報をあげられると思うわよ」
「何故そんなことがわかるんだ?」

 そんな素振りを見せた覚えはない。
 必死に驚きを押し殺す。

「魔物から逃げたあの時、貴方も魔物の様子をかなり気にしていたでしょう?そもそもこんなところに旅人が来ること自体珍しいしね」

 確かに普通の旅人が通るようなところではないが、夢幻とてたまたま通りすがりに森の魔物の異変に気が付いて調べていただけで、そのために来たわけではない。それで夢幻が魔物のことを調べているとわかったのなら、大した洞察力である。

「確かに情報はありがたいが、ただでとは言わないんだろう?」
「話が早くて助かるわ。さっき話した通り、魔物のことを知りたいのは私も同じなのよ。つまり」
「情報交換ということか。だが、俺が出せる情報はあんまりないぞ?何せ、森に入ってすぐにお前と会ったんだからな」
「本当にそうかしら?貴方なら何か心当たりがあるのではないかと思ったのだけれど」

 若干、疑念のこもったまなざしでウリルは夢幻を見つめてくる。
 確かに、ウリルの疑念は当たっている。
 急な魔物の大量発生。その原因に心当たりは、ある。
 しかし、まだ確証を持てる段階ではないこと。それは大陸警備機構内で、機密事項に当たる可能性があることを考えると、軽々しく話をするわけにはいかなかった。
 口を閉ざす夢幻に、ウリルは意外にも追及してこなかった。

「こっちとしては、貴方が頑張って原因を突き止めて凶悪な魔物を排除してくれれば、それで良いのだけれどね」

 にっこりと微笑む。
 ウリルは、確実に疑っている。夢幻はそう確信した。かといって、特に何かが変わるわけではない。

「善処する」

 要は、解決すれば良い話だ。

「そう言ってもらえると助かるわ。私にできることなら協力するわよ」
「いや……」

 手助けは必要ない。そう言いかけた夢幻の言葉は、割り込んできた声に中断せざるを得なかった。

「勝手に外部の人間を連れ込んで密談かい?いいご身分だな」

 いつの間にか、戸口に一人の男が立っていた。
 年の頃は、ウリルと同じくらいだろうか。
 髪は短いこげ茶色。ダークグリーンのベストにぴたりとしたパンツを合わせた、絵にかいたような盗賊スタイルである。はしばみ色の瞳が、挑むようにこちらをにらみつけていて。とがった口調も相まって、歓迎されていないということが、ありありと感じられる。それは、招かれざる客である夢幻に対してだけではなく、仲間であるはずのウリルにも向けられていた。

「別に密談していた訳じゃないわよ。魔物の件で相談していただけ」

 向けられる敵意に対して、ウリルは慣れたようにさらりと返す。男の方を向くことすらしない。

「そんな得体の知れない男に相談とはな。まあいい。そんなことより、サシャを見なかったか?ここにいると聞いたんだが」

 男も、それ以上の感情を顕にすることなく言葉を続ける。それが日常なのか、お互いにあまり気にしていないようだ。

「サシャなら、台所にいると思うわよ」

 ウリルの言葉を聞いて、男は返事を返すこともなく部屋を去って行ってしまった。

「今のは?」

 男の姿が見えなくなってから、夢幻は小声で尋ねた。

「……副頭領のシュンよ。サシャの弟でもあるわ」

 心なしか、少し硬い声で答えると、ウリルは立ち上がった。

「申し訳ないのだけれど、話を切るわ。といっても、私の言いたいことは伝わったでしょうから、立ち去っても構わないけれどね」

 放り投げられた財布を受け止めて、夢幻は少し迷った。
 何か、嫌な予感がする。
 突然。ウリルが席を立とうとしているのも、同じ理由なのではないだろうか。できればウリルについていきたいが、ここから先はプライベートな問題だ。
 しかし、その逡巡の元はあっさりと断ち切られた。

「サシャっ!」

 悲鳴にも似た叫び声が、アジトに響き渡ったからだ。
 はじかれたようにウリルが部屋の奥へと走り出す。夢幻も、躊躇うことなく後に続いた。

 声の出所は、反対側の廊下に出てすぐそこ。台所らしい部屋であった。

「サシャ、しっかりして。サシャ!」

 シュンが、しゃがみ込んで狂ったように名前を呼び続けていた。
 かまどにかけられて沸騰し続けているお湯。割れて床に転がったカップ。転々と零れ、少しづつ広がる赤い液体。ぐったりと広がる、薄茶色の髪……。
 それが何を意味するのか。そんなことは、嫌というほどすぐに理解できた。
 割れたカップで手首を切った。きっと、自らの意志で。

「シュン。落ち着いて。先に止血を」

 ウリルが鋭く声を上げ、手慣れた様子でサシャの手を取った。一度状況を確認してから右手を上げると、食器棚の上から救急箱らしい物がふわりと下りてくる。
 自然と押しのけられる形となったシュンは、落ち着くどころかますます動転していた。その感情のはけ口が、真剣な面持ちでサシャの手首に包帯を巻くウリルへ向けられる。

「お前のせいだ……サシャを一人にさせたらどうなるか……わからなかった訳ではないだろう!?」

 感情的に。一方的にまくしたてる。
 この騒ぎに、人が集まってきた。先程談笑していた少年たちや、巡回を終えて戻ってきたらしいバルガたちの姿もある。
 しかし、頭に血が上ったシュンは、通路を埋め尽くすほどの人だかりにも全く気が付いていない様子であった。

「ましてや一人で台所に行かせるなんて……あいつだったら、絶対にそんなことしなかった……」

 怒っているのか。それとも、別の感情があるのか。シュンは声を詰まらせる。
 そこに、微かな声。

「シュン。ウリルは悪くないわ……」

 サシャが、うっすらと目を開けていた。
 その声は弱々しかったが、翡翠色の瞳はしっかりとシュンを見つめている。どうやら、ウリルの手当てのかいあって意識を取り戻したようだ。さすがに顔色は青白いが、命にかかわるような感じではない。
 だが、シュンの動揺は更につのっていた。

「そうやって、みんなしてウリルウリルウリルって……そんなにこいつがいいのか?あいつも……なんで、なんでお前を選んだんだ?なんで……」

 ウリルは何も答えない。ただ静かに。シュンの様子を見つめている。

「いつだってそうだ。お前は、何を考えているのかわからない顔をして。それなのに、いつもあいつの信頼を得ていた。お前は何を考えているんだ?お前は、何者なんだ?正体を、現してみろよ……っ!」

 シュンがそう叫んだ瞬間。シュンの左手で何かが光った。
 そして、光はまっすぐにウリルへ突き刺さり。部屋が、白く染め上げられる。一瞬の出来事であったが、その眩しさに夢幻も、その場に集まった者たちもたまらず目を閉じる。

「……ウリル……?」

 最初に異変に気が付いたのは、サシャであった。
 当然である。彼女はウリルに抱きかかえられていて。唯一触れ合う距離にいたのである。
 そしてその声は、明らかに困惑していた。
 他の人より若干早く光に目が慣れた夢幻が、ウリルを見た。

「な……っ」

 かくして。そこにあったのは、信じがたい光景であった。
 肩にかかる亜麻色の髪。鮮やかな色彩の布を巻き付けた衣服。それらの特徴はそのままに。だけど、遠目から見てもはっきりとわかるほどに体型が変わっていた。
 細く、硬さを感じる身体のライン。柔らかに盛り上がっていた胸部のふくらみも、腰から尻にかけての絶妙な凹凸もなくなっていた。

「なにが……」

 口を開き、幾分低くなった自分の声を聞いて。ウリルは自分の身に何が起こったのかを瞬時に理解したようだ。もちろん。半信半疑ながら他の面々も。
 そう。それはまさに。

「お……とこ……?」

 誰かが、ぽつりと呟いた。
 それをきっかけに、辺りがざわめき始める。

「……っ」

 とっさに、顔を隠すウリル。
 次の瞬間。その姿が、かき消えた。

「逃げた……!?」

 瞬間移動の魔法か。

 夢幻は、内心驚いていた。
 瞬間移動の魔法は、魔力も技術力もかなり必要になる高位の魔法であったはずだ。正直なところ、そこまでの使い手とは思っていなかった。
 一方。残された盗賊たちのざわめきは更に大きくなっていた。

「あれが……お頭の本当の姿なのか……?」
「どういうことなんだ」
「俺たちは、どうすればいいんだ……」

 当人がいなくなっても、混乱はしばらく収まりそうになかった。