聖夜
「おお、何やらきらびやかな店がならんでいるぞ」
シウグナスが、目を光らせて綱紀の服を掴む。
広場には飾り付けられた大きな木を中心に、様々な出店が軒を連ねていた。
「へー、クリスマスマーケット…みたいなもんかな。この世界にもクリスマスがあるかは知らんけど」
広場を見て、綱紀は思ったことを口にする。その言葉を、シウグナスが繰り返す。
「クリスマス?」
「まぁ、ヨミにはないですよね。なんや、神の子の生誕を祝うみたいな宗教色の強いお祭りが元になってるんですが、自分のところではそれに格好つけて家族や恋人、友人とパーティーをして過ごす感じやな」
家族。自分で言って、ちくりと胸が痛むのを感じたが、気を取られている暇はなかった。
「綱紀!面白そうなものがたくさんあるぞ!」
目をキラキラさせたシウグナスが、さっさとマーケットに突撃してしまったからだ。
「闇の王さん、話聞いてないですよね」
苦笑しながらも、綱紀も出店に足を運ぶ。
よく考えれば綱紀も知っているだけでクリスマスマーケットに行ったことはない。何となく浮かれた気持ちで、二人はあれこれお店を見て回って楽しんだ。
※ ※ ※
深夜。
綱紀は一人、宿のバルコニーに出た。
空気は冷たく、吐く息は白い。だけど、今の綱紀にはその寒さが逆に心地良かった。
思い出して。考えてしまって。今宵も眠れそうになかったから。
綱紀の家は、クリスマスは毎年家族で過ごしていた。
というより、晩御飯には家に帰ってくるように言われていた。
大学生にもなって、そんなん、厳しすぎんか。
パーティーに誘ってくれた友人にそんなことを言われたりもしたけれど、嫌ではなかった。
家族と囲む食卓は居心地が良かったし、今思えば季節事、行事事を大事にする家庭だった。クリスマスとなれば家に大きなツリーが飾られて、お母様が豪華な料理を用意してくれて。出張しがちな父さんもその日は必ずプレゼントを用意して帰ってきてくれていた。
本当に楽しくて、幸せだった。
その全てが、円満な家族を演じるためのものであったのに。
「はぁ…」
白い息は、曇天の闇に溶けていく。
思い出しても、考えても、仕方がないこと。
わかってはいても、楽しく過ごせば過ごすほどに。反動のように暗くて切なくて、重苦しい感情に支配されていく。
自分はずっと、騙されていたのやろうか。
何とかする方法はなかったのやろうか。
今も。
騙されているのではないやろうか…
そんなことを考えては、そんなはずはないと首を振る。知らず、手すりを力一杯握り締めていた。
「綱紀」
不意に。背後から名を呼ばれてびくりとする。
「闇の王さん。なして…」
「こういう日は、家族や友人、恋人と過ごすのだろう?」
突然のことに狼狽える綱紀に、シウグナスはあっけからんと答えると、手に持っていたマグカップを押し付けるように渡してきて。
「それとも、一人で過ごしたかったか?」
それでいてあっさりと距離を取るものだから。
「闇の王さん、聞いてなかった訳やないんですね」
思わず、苦笑いが出る。
この世界で今日がクリスマスなのかもわからないし、シウグナスとの関係も…自分は、シウグナスの何なのだろう…?
「何ですか?これ」
考えても詮無いことだし、何より一人になりたくなかった。
だから、さり気なく隣を空けて招き入れつつ、受け取ったマグカップのことを聞いてみる。
ぽかぽかと湯気を立てるマグカップからは、ほのかなスパイスの香りと共にあまり馴染みのない香りが立っている。
「葡萄酒にスパイスを加えて温めたものだ。マーケットで教えてもらったものだが、この季節によく飲まれる伝統的な飲み物だそうだ」
「ホットワインですか」
言われてみれば、微かにアルコールの香りも感じる。
「君がお酒は飲めないのは知っているが、まぁ、騙されたと思って飲んでみろ」
「そう、ですね。せっかくですし、いただきます」
シウグナスに促されて、綱紀は恐る恐るマグカップに口を付ける。アルコールを含んだ湯気に少しむせそうになりながらも、赤い液体を口に含む。と、意外にもそれほどアルコールが強い感じはせず、葡萄とシナモン、何かのスパイスの香り。そして、ほのかな甘みが口の中に広がっていく。
「わ…、うまっ」
思わず、声が出る。
初めての味なのに、確かに美味しいと思った。
「ふっ、そうだろう?」
自慢気に、シウグナスが笑みを漏らす。
「君の分は加熱を長めにしてアルコールを飛ばした上で、蜂蜜をたっぷり入れてみたのだ。これなら君でも美味しくいただけるだろうと思ったのだ」
「そう…ですね。なんや、ほっとする味や。おおきに」
綱紀も、思わず笑顔を零して、再びマグカップに口を付ける。
安心したのは、ホットワインの温かさのおかげだけではないだろう。
隣で、同じく自らのマグカップに口を付けるシウグナスの横顔を見やる。
あの日から、毎日合わせている顔なのに。その端正な顔立ちに、伏せられた宝石のような瞳に、何故か見入ってしまう。
永遠に一緒にいられる保証なんてない。また、裏切られるかもしれない。なのに、どうしようもなく、側にいたい。そんなことを思っていると、不意に引き寄せられて、唇を重ねられる。
「んっ…」
シウグナスの舌とともに、赤ワイン特有の何ともいえない酸味と渋みを感じて、思わずむせてしまった。
「あまりにも君の熱い視線を感じたものだから応えてやろうと思ったのだが、やはりこちらの味は君には合わなかったか」
「び…っ、びっくりしたわ。同じもの飲んでるんやなかったの?」
「君の分は蜂蜜をたっぷり入れたと言っただろう。私のは蜂蜜が入っていないし、アルコールも強めにしてあるのだ」
シウグナスは、大変愉快そうに笑っている。
「もう…からかってるやないですか」
怒ったふりして空を見上げれば、白い物が舞い降りてきて。
「おお、雪が降ってきたぞ」
「ホワイトクリスマスやなぁ」
実際、今日がクリスマスかどうかなんて知らないし、ここでのクリスマスは綱紀が知っているものとは違っているのかもしれない。
この関係も、家族でも、友人でも、恋人でもないのかもしれない。
だけど。
今この瞬間、綱紀にとっては確かにクリスマスで。
家族で、友人で、恋人であるシウグナスと一緒に過ごして、確かな幸せを感じていて。
「闇の王さん」
ひとこと。呼び掛けてから、マグカップに残った甘いワインを口に含んで。唇を重ねる。
叶わない願いかもしれない。けれど、永遠を願わずにはいられない。
キスをして。抱き合って。他愛もない話をして。
二人で過ごす夜が、更けていく。
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