きゆるんねっと+

毒を纏う夜

持ち前の反射神経で魔物の前に割り込み攻撃を受けて、流す。渾身の一撃を邪魔された魔物は動揺し、いとも容易く怯む。
あとは後ろに控えているシウグナスが攻撃を加えればこの戦いも楽勝のうちに終わる。はずだった。

「綱紀!」

シウグナスの叫ぶように呼ぶ声と共に、左上腕部に鋭い痛みが走る。
死角にもう一匹魔物がいて、襲いかかってきたらしい。油断したのか。相手の方が一枚上手だったのか。
ちらりと見るとそいつはもうすでにシウグナスの手によって倒されていたので、目の前の敵に切り込み強引に戦闘を終わらせる。

「油断しましたわぁ。すんません、ちょっと応急処置しますん…で…」

心配させまいとシウグナスに笑顔を見せて。
そこで急に視界が真っ黒になる。
綱紀の意識は、そこで途切れた。

熱くて、苦しくて。思うように息ができなくて。
助けを求めるように伸ばす手を取ってくれる者もいなくて。
一人、暗い和室に寝かされて。ただ耐えていた。
そのうちに、襖が開く音がして。部屋に入ってきて明かりを点けるのは御堂家に仕える医師で。
綱紀の小さな手を取って脈を取って、熱を測り、血を抜いていく。その手つきは事務的で看る、というよりは観察に近いし、実際そうであったのだろう。

「どうかね?」

奥から、叔父の声がする。
一切の感情を感じさせない、事務的な声。

「特に変わったことは。体温と脈拍の上昇は想定の範囲内ですし、二、三日で回復すると思います」
「そうか。がっかりだな」

そんなやりとりだけ聞こえて。
再び暗い静寂の中に一人、取り残される。

「はあっ、はっ、はあっ…」

短く、浅い呼吸を繰り返しながら、朦朧とする頭で必死に考える。
叔父さんは、怒っているのだろうか。呆れているのだろうか。
ごめんなさい。
誰も聞いていないのに。謝ったところでどうしようもないのに。熱に浮かされながらうわ言のように呟き、繰り返す。
ごめんなさい。ごめんなさい…駄目な子供で…

「あ…」

気が付くと、目の前に星空が広がっていた。
野営用のマットの上に寝かされているらしいが、身体が思うように動かせない。全身が熱く、特に左腕がズキズキと熱を持っていて。
何が起こったんだっけと考えるが、どうにも頭もぼんやりとしている。

「気が…付いたか。気分はどうだ?」

シウグナスが、綱紀の顔をのぞき込んできて。どことなく心配そうな表情に、そういえば戦いの最中に深手を負ったんだっけ。などと、思い出す。

「すんません。油断、してました。迷惑、かけてもうて」

咄嗟に出てくるのは、謝罪の言葉。

「何故君が謝る?油断していたのは私とて同じだ。それに、私がもう少し早く気付けていたら、動けていたら避けられたかもしれない。だから断じて君のせいではない」

シウグナスは少し不機嫌に言葉を返して、指先を綱紀へ伸ばす。そっと目尻に触れられて、綱紀はそこで初めて自分が涙を浮かべていることに気付く。

「魔物の爪に毒があったのだよ。吸い出せる分は吸っておいたが、少し残ってしまってな。ずっと高熱にうなされながら謝罪の言葉を繰り返していたよ」

一度、シウグナスの指先が離れて、今度は額に掌を当ててくる。ひんやりした感触が気持ちいい。

「吸ったって…闇の王さんは大丈夫やの?」

頭が冷やされたことで少しすっきりしたのか、綱紀は疑問を口にする。

「私を誰だと思っている?傷口に入り込むならともかく、経口摂取する分には自力で解毒できるのだ」
「そうなん?便利な身体やなぁ」

確かに、血を吸ったことで感染症にかかってしまう吸血鬼など聞いたことはないし、格好悪すぎる。
想像して、思わず笑ってしまう。
安心して気が緩んだのか。高すぎる熱で自制が利かなくなっているのか。綱紀はぽつりと口を開く。

「自分、小さい頃身体が弱かったんです。特に叔父さんの家に行くといつも高熱を出して何日も寝込んで」

そう。あれは、あの夢は昔の自分だ。
いつのことだったのだろうか。少なくともまだ自分に妹という存在がなかったほどに昔だったと思う。

「たまにお医者さんと叔父さんが様子を見に来てくれるんですけど、二人ともあまりええ顔はしてなかったね」

小さな頃のことだったし、あの時は苦しくてそれどころじゃなかったから何も疑問には思っていなかった。
だけど。

「きっと、御堂の人間なのに身体が弱いから落胆されてたんやと思ってたんです。自分も、寝込んでしまって、起き上がれなくて申し訳ないなって」

あんなに苦しかったのに、ずっと一人にされた。
あんなにあれこれ検査されたのに、楽になるための処置は一切されなかった。
熱が出て倒れるのは、決まって叔父の家での夕げの後だった。
今思えばそれは全部普通のことではない。

「そう、思ってたんですけど。今ならわかります。あれはきっと」

あれはきっと叔父さんが…
言いかけた言葉は、唐突にシウグナスの唇に塞がれる。

「んっ…ん…」

これ以上何も言うな。全部忘れろ。
そう言わんがばかりに、長く、深く貪られる。
ようやく綱紀の唇を解放したシウグナスはこう言った。

「君は今ここにいて、身体も丈夫だ。それで十分だろう」
「今元気とは言い難いですけどね」
「身体に入り込んだ毒素に対して抵抗できているのは元気な証拠だ。それに、先程よりはだいぶ熱も下がっているぞ」
「え、そなの?」

言われて、綱紀は自分の首筋なんかに触れてみるがまだ十分に高熱の部類のような気がする。

「このまま熱が下がらずに死んでしまうのではないかと、君の意識が戻るまで気が気でなかった」

綱紀の手を両手で握り締めるシウグナスの様子は、まるで神に祈りでも捧げているかのようで。

「心配してくれてたんやね。おおきに」

有り難くて、愛おしくて。

「闇の王さん、少し、甘えてもええ?」

思わずそんな提案をして、少しだけ身体の位置を横にずらす。

「少しと言わず、存分に甘えていいぞ」

シウグナスはそう言って、綱紀が空けたマットの端に潜り込んで綱紀を抱き寄せる。一人用のマットでは当然幅が足りずに身体が半分ほど出てしまうが怪我人を地面に出すわけにはいかない。

「君は遠慮しすぎる。もう少し欲望に忠実になっていい」
「わかってはいるんやけどね」

シウグナスの胸に顔を埋めて、綱紀は呟く。
シウグナスの言うような欲望に忠実、までは行き過ぎにしても「御堂の人間らしく」という呪縛に随分と自分を抑えていた。らしい。
だからこれでも十分なわがままで、贅沢で。自分の欲なんて全然わからない。
けれど。

叶うなら、ずっとこの人の隣にいたいなぁ。

そんなことを思い、手を握る。
自ら熱を発しない、人ならざる者の体温が、まだ熱が高い自分には心地良い。
こうして触れたり、撫でられたりしているうちに、いつしか綱紀は安らかな眠りに落ちていた。

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