きゆるんねっと+

滅びゆく街で君と

はらはらと。落ち葉が舞っている。
初めてこの街を訪れた時に舞っていたものは鮮やかな赤や黄色が眩しいほどだったが、今は葉の色も枯れてくすんでいて木々にもほとんど葉が残っていない。
あの時は抜けるような碧色だった空も、今は灰色に曇っている。
今はまだ些細な天候の変化。季節の変わり目。
ここに住む者のほとんどはそう思っているだろう。
だが、この街は確実に滅びに向かっていく。
平和を享受していた街が色を失い、闇に覆われるのも、遠くない未来のはずだ。

「世界が闇に染まっていく様を見るのは本意だが、こうもあっさりだとつまらないものだな」

地面に敷き詰められた落ち葉を踏み締め、澱んだ空を見上げて、シウグナスは呟いた。
闇の世界を統べる王であった彼は、色々あって力のほぼ全てを失い、ある青年に助けられてこの街に来た。
だが、その青年はもう、シウグナスの隣にいない。
真実を知り、自らの闇に屈した青年は、護りたかったこの街の結界を自らの手で破壊してどこかへ行ってしまった。
純粋で責任感が強くて真面目な青年だった。その一方でどこか危うく脆い雰囲気と奥底に何か言いしれぬ闇も感じられた。だからこそシウグナスは彼に興味を抱いていたが、今回の件はどこか釈然としない気持ちも持っていた。
この街が闇に堕ちるところを見たいという理由をつけて、自分の世界に帰ろうともせずこうしてこの街を歩き回っているのもそのせいなのかもしれない。

どのくらい歩いただろうか。
かくして、街が見下ろせる高台で見知った後ろ姿を見つけた。

「何をしているのだ?御堂綱紀」

呼びかけてみれば、ほんの少しの間を置いて。

「その名の男はもういない」

短く、言葉だけがぶっきらぼうに返ってくる。
こちらを見ることすらしない相手に対して、シウグナスは特に遠慮することもなく歩を進めて青年の隣を陣取る。

「お前のおかげでこの世界が闇に堕ちるのも時間の問題となったな。使命を果たせてさぞかし満足しているのだろう?」

返事は返ってこない。
ただまっすぐに。光を失った瞳で何の表情も感情もなく眼下に広がる街を見続けている。
その横顔は確かにシウグナスのよく知る人物と同じ顔で、同じ存在なのに。
あの、表情豊かで穏やかでまっすぐな彼の面影は一切感じない。
それを寂しく感じるのは、シウグナスにとっても意外なことであった。

「お前、私の眷属にならないか?あの時は助けてもらった恩もあったし、お前にもやるべきことがあったから遠慮していたが、今のお前なら拒む理由もなかろう」

提案してみる。
天界から与えられた使命を果たした今、天界から生み落とされたこの青年は最早用済みといったところだろう。そして見た感じこの者ももう自分には何もないこと、理解しているようである。
ならばこのからっぽの身体を我の闇で埋めてみるのも面白そうだ。

「用済みになった人形を私のラブドールに仕立て上げるのも悪くはない」

そう。唇の端を上げてみた瞬間。
ものすごい勢いで横からナイフが掠めていった。
避けることはできたが、その衝撃で帽子が飛んでいく。

「自分が人形だったという自覚はあるのだな」
「黙れ!」

挑発に対してこうも激昂するということは、図星なのだろう。
怒りに任せて繰り出される攻撃をいなすことは容易いが、出来れば傷付けたくない。どうしたものかと思案しているうちに落ち葉に足を取られてバランスを崩す。それを見逃してくれるような相手ではなく。
次の瞬間には地面に押し倒されていた。
柔らかい土の上に更に厚く落ち葉が積もっていてクッションのようになっているため痛みはほとんどない。だが、青年がシウグナスの身体に馬乗りになって片手で首を押さえ、もう片手でナイフを首に突き付けてきたため身動きがとれない。

「ほう、私を殺すつもりか」

余裕たっぷりに言葉を紡ぐ。
多少の息苦しさは感じているがこの程度のことで死ねるような身体ではない。
青年は、相変わらず無表情である。だけど、何の感情もないという訳では無いこと、シウグナスは今のやりとりで理解していた。恐らくは、感情の出し方がわからないのだろう。
だからシウグナスは挑発し続ける。
目の前にいる青年の想いを、闇を知るために。
どのくらいの間そうしていただろうか。
シウグナスの首にナイフが刺さることも、締め上げられることもなく、時だけが過ぎて。

ふと、何かがシウグナスの顔を濡らした。
依然、青年の顔には何の表情も浮かんでいない。なのに、その瞳からは涙が溢れていて。気が付くと首にかけられていた手からも力が抜けていた。
手を伸ばし、涙をぬぐってやればその唇だけが名を呼ぶかのように動く。
彼は、いなくなってしまったわけではない。
だからシウグナスは静かに呼びかける。

「帰って来ていいんだ。綱紀」

ぬぐってもぬぐっても涙は簡単には止まらず、彼の頬を、シウグナスの顔を濡らし続けている。
一度色を失ってしまった世界が再び色付くのは容易いことではない。だけど、だからこそシウグナスはただ静かにその時を待つ。

灰色に枯れてしまった葉が、二人を隠すように舞い続けていた。

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