闇に包まれて
良く知った部屋に、御堂綱紀は立っていた。
二十年間毎日家族と過ごした御堂家のリビング。
ソファーの定位置で父が新聞を広げていて。
奥の部屋からお母様が顔を出して苦言を呈していく。
自分のことを呼びながら妹が部屋に入ってくる。
そんな当たり前と思っていた日常はもうそこにはなくて。
ただただ無人の部屋に、陽の光が差し込んでいた。
家族を…みんなを探さな…
そう思って、扉を開ける。
だけど、その先に広がっているのもまた同じ部屋で。同じ光景で。
開けても。開けても。開けても。
光射すリビングから抜け出すことがかなわない。
眩しくて窓の外の景色も見えず、棚に立ててある写真立ても光を反射して。そこに写っているはずの家族と自分の姿はわからない。
ふと、思い立って自らの翠の波動を視る。
自分の掌から出ている翠色の線は、どこにも繋がっていなかった。
翠色の線は、まるで茨のように自分の身体に絡まっていて。
身動きが取れなくなってしまった綱紀は、誰かの声を聞いた。
「お前は、与えられた役割を果たすこともできず逃げるのか?赦されると思っているのか?」
はっとして、目を開ける。
目の前に広がっているのは、明かりが落とされた暗い部屋。
自分の身体に絡まっているのは、薄手の掛け布団。
まだ見慣れていない天井だけど、どこかはわかる。ヨミにある闇の城で、自分のために用意してもらった部屋だ。
ようやく、自分が夢から覚めて現実に戻ってこれたことを理解する。
だけど、全身汗だくで、震えが止まらない。
「あれは夢や。あれは夢や。あれは…」
寝台の上でうずくまって。身体を抱え込んで。幾度となく呟く。
全てを捨てて、全てを忘れたくてここに来たというのに。ずっと繰り返し、繰り返し、夢に見る。
忘れたいのに、忘れさせてくれない。
時間をかけて少しずつ震えは収まってきたものの、もうこれ以上眠れそうにない。
気晴らしに外の風に当たってこようと、綱紀は上着を羽織って部屋を出た。
闇の城の屋上庭園は、薔薇の花で彩られている。
辺りが常に暗いため正確な色はわからないが、不思議とここの薔薇はうっすらと発光していてその光景は神秘的で美しい。
暗がりで薔薇の蔦を引っ掛けてしまわないよう気を付けながら奥へ進んでいくと、見知った先客の姿を見つけた。
白い燕尾服を風になびかせたこの城の主は堂々とした佇まいで。暗闇の中でも光り輝いているように見える。
あまりにも綺麗な光景に、綱紀は言葉が出ずただ見惚れていた。
「御堂綱紀…珍しいな。こんな時間に」
その気配に気付いたシウグナスが、綱紀に視線を向けた。
「闇の王さん、こんばんは」
綱紀は何だかやましい事をしているような気恥ずかしい気持になって、誤魔化すように挨拶する。
「綺麗な庭やなぁ。イルミネーションみたいや」
心配かけたくなくて。詮索されたくなくて。庭に目を向ける。だけど。
近付いてきたシウグナスに、不意に顎をつかまれる。驚いた綱紀の目と、瞳をのぞき込むシウグナスの目が合って。次の瞬間、綱紀は半ば強引に腕を引かれて近場のベンチに座らせられた。
隣にどかりとシウグナスが座って、綱紀は思わず身を縮こませる。何だかシウグナスが怒っているような気がしたから。
「お前、自分がどういう顔をしているかわかるか?」
「えっ」
その指摘に、思わず自分の顔に触れる。
確かに悪夢のせいでやや寝不足気味だが、そんなに酷い顔をしているつもりはなかった。
「確かにヨミは君の世界とは違う。不安なことがあるなら、きちんと言ってほしい」
その言葉に、気付く。
この人はいつだって、真っ直ぐに自分を見てくれていると。
ずけずけと物事を言うけれど、きちんとかけてほしい言葉をかけてくれる。
何だか遠慮して誤魔化していた自分が、恥ずかしく思えてきて。
「その…眠れないんや…」
綱紀は、ぽつりと口を開く。
「夢を…見るんや。ミヤコ市の。俺は逃げたから責められるんや」
そうだ。自分は役目から逃げ出した。そうしてここに来たのに。それなのに。
情けなくて、恥ずかしくて、胸が苦しい。
「そうか。君は真面目で、優しいからな」
そんな言葉と共に、綱紀の身体はシウグナスに抱き寄せられていた。
吸血鬼である彼の身体からはぬくもりは感じられない。だが、綱紀は何か温かいものを確かに感じていた。
「君は何も悪くない。今の君は私のものなのだから、もしミヤコ市に何かあったとしてもそれは君に責任はない。だから何か気になることがあるのなら、私と共に行こう」
「なんや、プロポーズみたいやなぁ」
優しくかけられる言葉に、思わず涙をこぼしそうになるのを堪えて綱紀は呟いた。
ほんまに、この人にはかなわない。
「私は、何の感情もなく君を引き止めた訳ではない。私は君を…」
何か、とても大事なことを言われた気がした。
けれど、綱紀の記憶にはそこまでしか残っていなかった。
闇の王の腕の中で、綱紀はいつの間にか眠りについていたから。
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