
the woRks original 26 看板絵。
俯瞰気味の絵に挑戦……して失敗した一枚。
夢幻ちゃんが童顔になってしまった。実際は童顔ではないです。
一次創作の小説とイラストを中心とした作品置き場です。
the woRks original 26 看板絵。
俯瞰気味の絵に挑戦……して失敗した一枚。
夢幻ちゃんが童顔になってしまった。実際は童顔ではないです。
the woRks HALLOWEEN HAVOC 10 看板絵。
ポスターで魔女カボチャは描いたのでそれ以外でハロウィンっぽいものをと考え、ゴシック風に。
the woRks HALLOWEEN HAVOC 10 ポスター絵。
華やかな雰囲気になるように、かつ実際のポスターは文字情報がそこそこあるので文字を邪魔しないレイアウトにしてみました。
ホワイトできらきら感を出すのが楽しかったです。
背景のクラフト紙っぽいのはフリー素材。ありがとうございます。
the woRks original 25 看板絵。
当日頒布の本に出てくるヒロインということで、ウリルとエア。
花火はPhotoshopで。
描き方を一生懸命調べた甲斐あってなかなかいい感じに仕上がったと思っています。
「ここまで来れば、大丈夫か」
森を抜け、街道まで出たところで、ようやく夢幻は足を止めた。
振り返り、森の入り口を見る。
来た時と同じく、広がるうっそうとした木々。そこに、動くものの姿は見当たらない。
ふう。
安堵のため息をもらす夢幻の耳元で、訴えかけるものがあった。
「大丈夫なら、そろそろ降ろしてもらえないかしら」
「あ、ああ。今降ろす」
女の足では魔物から逃げきれないと判断した夢幻は、女をかつぎ上げて走っていたのである。
夢幻が手を離すと、女は意外にも軽い身のこなしで地面に着地した。
そこで初めて、夢幻は女の姿をきちんと見ることになる。
年は夢幻と同じくらいか、やや下か。成人はしているだろうが、まだまだ若い女性だ。
綺麗な亜麻色の髪がふわりと肩にかかり、意志の強そうな瞳は深い青色。化粧気はないが、整った顔立ちをした、目を見張るような美人であった。
身にまとっている衣服は、白い布地の上に鮮やかな布地を重ねた軽装。その丈は短く、白く細い腕や脚がむき出しになっている。
そして、女は手ぶらであった。
常識的に考えて、一人で森の中に入る格好ではない。あまりにも無防備すぎる。
そう気づいた夢幻の口から出たのは、驚きや疑問ではなかった。
「こんな物騒なところで、女性が丸腰で一人歩き。お前は自殺志願者か」
冷たい怒りを秘めた、きつい口調。
「今回はたまたま助かったが、俺が通らなかったら今頃どうなっていたか。それすら理解できないほど愚かではないだろう?」
困惑する女に対して、反論も許さない。
けっして、声を荒げたりはしない。だけれども。だからこそ、その言葉は鋭く突き刺さって。
女は目を伏せ、うつむく。その肩が、わずかに震えていた。
言いすぎた。そんなことに、今さらながら気が付く。
「すまない。言いすぎた」
慌てて頭を下げ、謝罪の言葉をのべる。
元々人付き合いが得意な方ではない。その上、相手が女とあっては、どうも対応に困る。
それでも、夢幻の誠意が伝わったのか。いつまでもうなだれていても仕方ないと思ったのか。女は、恐る恐る顔を上げた。
「ごめんなさい。その、私もこんなことになるとは思っていなくて……」
か細い声でそこまで言って、女の表情が軽い驚きに変わる。
「血が出ているわよ」
伸ばされた指先が示すのは、夢幻のこめかみのあたり。
触れてみると、確かにぬるりとした感触があった。
「あの時のか」
最初に女をかばった時に、魔物の爪がかすめていたのだ。逃げるのに必死で全く気にならなかったが、言われてみれば確かにじんとした痛みがあった。
「見せてみて。助けてもらったお礼に、手当てしてあげるわ」
女は、先ほどまでのか細い声とはうって変わって。押しの強い調子で夢幻に詰め寄ってきた。
「いや、ただのかすり傷だ。じきに出血も止まるだろうし、それにはおよばない」
思わず一歩下がって拒否するが、女はそれを許さない。
「何を言っているの。小さい傷だからって、軽視しちゃだめよ。化膿したらどうするの。ほら、そこに座って」
強引に夢幻の腕をつかみ、道のはしにある切り株に座らせようとする。
「わ、わ、わかったから引っ張るな」
夢幻は、すっかり女のペースに乗せられてしまっていた。
「確かに、傷はそんなに深くないわね。出血はまだ完全には止まっていないけれど、これなら消毒して薬をつけておけばすぐに良くなるわ」
女は、自分の服が汚れるのも気にせずに流れた血をふき取り、慣れた手つきで夢幻の傷口の様子を見る。
確かに、自分で確認することができない位置の手当てをしてもらえるのはありがたかった。女の手法を見る限り、処置の方法にも問題はない。むしろ、十分すぎるくらいだ。
しかし。
「薬草を余分に採っておいてよかったわ。少ししみるかもしれないけれど、我慢してね」
腕に巻いていた布を水に濡らしながら言う女の言葉を、夢幻はやや動揺しながら聞いていた。
頭を抱えられることで、嫌でも押し付けられる柔らかな女の感触。その衣服は胸元が大きく開いていて。つまり、目のやり場に困る。
これだから女は……
女は、夢幻のそんな思いには気が付かない。薬草を浸した布を夢幻の頭に当て、しっかりと抱え込んでくる。
夢幻の視線は所在なくさまよっていたが、ふと、視界の隅に何かが引っかかった。
「それは……」
思わず、声に出してつぶやく。
そこには、水色の石が揺れていた。
女の首にかけられたチョーカー。そこからぶら下がる石は、ダイヤ型をしているものの形はいびつで、素人目に見ても宝石としての価値はなさそうである。だが、こんなにも深く、透き通った水色のきらめきは、見たことも聞いたこともない。
そうであるにも関わらず、夢幻は何か懐かしい。不思議な感覚を覚えていた。
自分は、この石を知っているような気がする。
「これ?」
夢幻の独白に対して、女は片手でそっと石をなでて言葉を返す。
「大事な人の形見の品……ってところかしらね」
さらりとした口調の裏に感じる、微かな寂しさ。
「すまない。気にしないでくれ」
だから、頭を下げる。
「気を使わなくてもいいわよ。それより、あんまり頭を動かさないで。やりにくいわ」
言葉通り、やりにくかったのか。それとも、他に思うところがあったのか。女は、やや乱暴に夢幻の頭を押さえつけて処置を続けた。
強く押さえつけられた息苦しさ。傷口に薬液がしみる痛み。そんなことが気にならないほどに、夢幻の頭の中は石のことでいっぱいになっていた。
「はい、おしまい。そんなに心配いらないとは思うけれど、あんまり無茶しないようにね」
声とともに背中を軽く叩かれたことで、処置が終わったことに気付く。
「その。わざわざ手当てしてくれてすまない。少し休んだら行こうか。村まで送ろう」
お礼。という訳ではなく、元々そのつもりであった。
あのような事件があったばかりでは女も不安だろうし、時刻はすでに夕刻。こんなところに女性を一人にしてよい時間ではない。加えて、夢幻にとっても森に戻るには遅すぎる時間である。森の魔物たちを刺激してしまったことを考えても、時間を置いた方が賢明だ。そうなってくると、夢幻の行先も自然とこの先の村になるため、手間にもならない。
「お礼を言うのは、私の方よ。助けてくれて、ありがとう」
その微笑みは、完全な不意打ちで。
夢幻は、すっかり慌ててしまっていた。
「それにしても、あなたって強いのね。あんなにたくさんの魔物、こんなに簡単に逃げ出せるとは思っていなかったわ。あなた、冒険者なのかしら?」
「ま、まあ。そんなところだ」
我ながら、自分らしくない回答を返していた。
「あの森は、あなたから見てどう映ったのかしら。私にとってあの森は庭みたいなものなの。それなのに、急に魔物があんなにたくさん現れて、私を襲おうとした。それだけじゃない。魔物たちは、何かにおびえているみたいだった……」
女は、話し続けていた。
それも、森の魔物のことを調べようと思っていた夢幻にとってかなり有益な内容だ。しかし、夢幻はその話をぼんやりと聞き流していた。
ふと、そんな自分に気が付く。どうやら、軽く意識が飛んでいたらしい。
疲れているのだろうか。
そう思った夢幻は、軽く頭を振って眠気を飛ばそうとした。
しかし。
軽い浮遊感。対照的に、重くなっていくまぶた。
そんな感覚が、加速度的に増す。
な……
声を上げることすらかなわなかった。
薄れゆく意識の中、目の前に立ち、見下ろす女の姿が見えた。
かざされた右手。微笑みを浮かべているにも関わらず、その表情には感情が感じられない。
そして。
「心配しないで。魔物除けの魔法くらい、かけておくから」
かけられる、優しい声。
「おやすみ」
それを最後に、夢幻の意識は途切れた。
森の中に、一人の男が立っていた。
頭の高い位置でひとつにまとめられた、長い銀色の髪。油断なく辺りを見すえる紫水晶の瞳。黒服の上に、紺色のフード付きローブを、そでを通さずにマントのように羽織った長身。
そして、左手に抜き身の長剣をぶら下げていた。
突如。
男が、背後に向かって長剣を閃かせる。
その一撃は、背後から男に襲いかかろうと飛びかかってきたものを的確に捉える。腹部を切り裂かれたそいつは、「ぎゃっ」という悲鳴と共に木の幹に叩きつけられて、どさりと音を立てて地面に倒れ込んだ。
広がっていく赤黒い液体。ぴくぴくとけいれんする四肢。四足歩行のそれは、狼や犬の類に見えなくもない。しかし、見開いたままの瞳は赤く血走り、だらしなく開きっぱなしになった口からはよだれと共に、胸の辺りにまで達するほどに長く鋭い牙が伸びていた。
何より、全身に生えた棘のような鱗が、そいつの異常さを如実に物語っていた。
それは、自然界の常軌を逸した異形の生き物。魔物と呼ばれる存在である。
魔物は、幾度かけいれんを繰り返した後、完全に動きを止める。
男は、魔物が動かなくなってからもしばし、観察するように見つめて。やがて、ぽつりとつぶやいた。
「どうなってるんだ。この森は」
男の名は、柊夢幻。
大陸警備機構という組織に所属し、任務の旅の途中であった。
この森は、目的地に向かう途中のただの通り道。
そうあるはずであった。
うっそうと生い茂る木々。地面に落ちる木漏れ日。独特の、湿ってはいるが清浄な空気。
どこにでもあるような、ごく普通の森。
しかし、足を踏み入れてすぐに、異変は起こった。
魔物が襲いかかってきたのだ。
それも、ひっきりなしに。
瘴気による変異によって生まれるといわれている魔物は、大地の自浄が進んだ最近ではめっきりその数を減らしている。
これほどまでに魔物が多いのは、未だ瘴気が濃い、魔境と呼ばれているような場所くらいのものである。
ところが、この森には一切の瘴気を感じなかった。
更に、これほどまでに魔物が多いにも関わらず、機構の資料はおろか、近隣の村でも噂になっていなかった。
状況は、あまりにも不自然であった。
「急激に魔物が増えた……?まさか……」
視界の隅に何かを捉え、夢幻はそこにしゃがみ込んだ。
そこには、小動物の死体と思わしきものが、折り重なるように転がっていた。
ばらばらにされている上に腐敗しきっているため、正確な数すらわからない。恐らくは三から五体。大きさや骨格から、ウサギの死体であることが推察される。
魔物にやられたのだろうか。
目を覆いたくなるような凄惨な光景にも関わらず、夢幻はウサギの死体を一体一体子細に調べて回った。
それは、ほんの小さな異変。だが、それだけで十分。
異変を感じた死体に、そっと触れる。感じるのは、ウサギには本来ないはずの硬質な突起。それが、この惨劇の原因であることは、ほぼ間違いない。問題は、なぜこのような現象が引き起こされたのか。
そこまで考えて、夢幻は思考を中断させた。
微かに。獣のうなり声を捉えたからである。
耳をすませば、はっきりと聞こえる。何かを威嚇するような、低い声。それも、複数のものだ。
まさか。
夢幻の胸中を、嫌な予感がよぎる。
いくら魔物とはいえ、複数でこんなうなり声を上げ続けるのは、それなりの理由があってしかるべきである。
見過ごす訳にはいかなかった。
夢幻は、声の方へ。更に森の奥へと走り出した。
木々が立ち並び、けっして広いとはいえない空間に、獣のようなものがひしめき合っていた。
先ほど、夢幻が倒した狼に似た魔物に似ている。しかし、毛が完全に抜け落ちてグロテスクな肉塊になっているもの。奇妙な形の角が生えたもの。後ろ足だけがやたらと発達して肥大化したものなど、全く同じ形をしているものはいない。
共通するのは、明らかに異形のもの。魔物であること。威嚇のうなりを上げ、低く保った姿勢のまま、同じ方向を向いているということ。
夢幻は気配を殺し、木の影に隠れて様子をうかがった。
森の中は遮蔽物が多いため、姿を隠すには不自由しない。その一方で、様子をうかがうのも大変である。
そんな中、夢幻はじっと目を凝らし、魔物たちのさらに奥へと視線をめぐらす。
それは、一瞬だけ魔物たちの間からちらりと見えて。すぐに埋もれるように見えなくなってしまう。
だけど、夢幻にとってはそれだけで十分。
木を背に、魔物と向き合っているもの。それは、間違いなく人間の姿だ。
魔物たちは警戒して距離を置き、威嚇のうなり声を上げ続けている。そこにいる者が、少しでも気を緩めたら。その瞬間、奴らは一斉に襲いかかるだろう。
そうなってしまうと、いくら夢幻でも助けに入るのは難しい。
だから、夢幻はそうなる前にその場から飛び出した。
「お前らの相手はこっちだ!」
なるべく大きな声で叫び、手近な魔物を一刀で切り伏せる。
予想外の乱入者に、魔物たちは驚き、固まった。
その隙を突いて、夢幻は魔物の群れの中へ突っ込んだ。
邪魔なものだけを切り捨てて、とにかく奥へと走る。
魔物たちがひるんだのは一瞬だけ。すぐに、乱入者である夢幻にターゲットを切り替えて襲いかかってきた。
そんなことは、すでに予想済み。
左右から襲いかかってくるかぎ爪を、姿勢を低くすることで避け、同士討ちを誘発させる。起き上がりざま、今度は正面から飛びかかってきた魔物に長剣を一閃。
全く無駄のない動きで、夢幻はそこにたどり着いた。
「こっちへ」
説明している暇はない。
夢幻は、呆然と立ち尽くすその人物の腕をつかみ、多少強引に引き寄せた。
深い、青色の瞳と目が合う。
女……!?
予想しなかった相手に、夢幻は一瞬動揺した。
そこに、魔物が飛びかかってくる。
これも、予想していたこと。だけど、動揺のため、わずかながら反応が遅れた。
この場では、その一瞬が命取りになる。
「くっ……!」
予定していた対処では間に合わないと判断した夢幻は、とっさにその場に女を押し倒し、かばうように伏せる。
魔物の爪が夢幻の頭をかすめ、鋭い痛みと共に銀色の髪が幾本か宙を舞った。しかし、気にしている余裕はない。
「走れるな?」
それだけ。
女の耳元で短く言うと、返事を待つこともなく勢いよく起き上がった。その勢いで、長剣を振り上げる。一撃は、夢幻にさらなる攻撃を仕掛けようと飛び込んできた魔物に見事に命中。魔物は、絶命の悲鳴を上げて地面に倒れた。
「行くぞ!」
有無を言わさず、女の腕をつかみなおす。
そのまま。
夢幻は、森の中を全力で走り出した。
夕刻の酒場で、二人の男が向かい合い、話をしていた。
片方は、年配の商人風の男。もう片方は、若い旅人風の男である。
二人の口調は終始穏やかで。居合わせた客同士が世間話をしているように見えなくもない。しかし、少し勘の良い人間が見れば、その光景に違和感を覚えるであろう。
商人風の男は、旅人を相手にするには身なりが良すぎる。一方、旅人風の男は、商人を相手にするにはいささか若く、貧しい雰囲気があった。
卓の上には食べ物と果実酒、グラスが並べられているものの、手を付けられた様子はない。
だが、そのことを気に留める者はこの場にはいなかった。
老朽化の進んだ寂れた酒場に、客は彼らだけであったからだ。
唯一、この空間に居合わせている者は、この酒場のマスターだけである。が、彼は客を不審がる様子もなく、カウンターの端で酒をあおり、新聞のゴシップ記事を読むのに没頭している。
それもそのはず。マスターは、この奇妙な二人組の正体を知っていた。
商人風の男は、裏の商品を扱う闇商人といわれる人物。旅人風の男は、街を渡り歩く盗賊。そしてこの酒場は、彼ら裏の者たちの息がかかった情報交換の場なのである。
つまり、現在この場にいる者は皆、いわゆる闇組織とよばれているものに属している者たちなのであった。
「とまあ、最近の状況はこんなものですね」
商人風の男が、穏やかな口調で話を締めくくる。
それを受けて、ずっと聞き役に徹していた旅人風の男が口を開く。
「計画は順調に進んでいるということだな。何か、俺たちに手伝えることはあるか?」
その言葉に、商人風の男は唇の端をちょっとだけつり上げて笑う。
「あなた方は、今のままの活動で十分ですよ。正直、最初はたたき上げのならず者たちに何ができるかとあなどっていた部分はありましたがね。まったく、予想以上に助かっています」
そのしぐさが、彼が本心からほめている時にするものであることを、旅人風の男は知っていた。
「彼が亡くなった時はどうなることかと思いましたが、良い後継者を選んだようですね」
「まあ……な」
満足そうな商人風の男とは対照的に、旅人風の男はあいまいに言葉をにごす。
明らかに何かを含んだ、不満がありそうな反応。しかし、商人風の男はあえて何も問わない。余計な詮索をしないのが彼の流儀であり、上手く世の中を渡り歩く秘訣である。
「私はこの辺でおいとまさせていただくよ。君の仲間たちにも、よろしくお伝えください」
商人風の男はそう言い残して、足早に酒場から去って行った。
残された旅人風の男は、面白くないといった表情を隠そうともせずに、酒場の扉からテーブルの上に視線を移す。
そうして、並べられた料理に手を付け始めた。
食欲がある訳でもないし、まともな商売をする気のないこの酒場の料理は正直不味い。しかも、長話をしているうちにすっかり冷め切ってしまい、まともに食べられたものではない。それでも手を付けずにいられないのは、貧しい育ち故の勿体ないという思いからなのか。
それとも……
「飲むかい?」
短くかけられた言葉に、旅人風の男は顔を上げる。
ずっと一人で酒をあおっていたマスターが、酒瓶を掲げて旅人風の男に視線を投げかけていた。
人懐っこい表情を浮かべたマスターの瞳と、旅人風の男の目が合う。
しかし、それは一瞬のこと。
旅人風の男はすぐに目をそらし、再び視線をテーブルに戻した。
「遠慮しておく。今はそんな気分じゃない」
「まったく、あんたにも困ったもんだね。そんなに彼女が気に入らないかい?」
「……」
マスターの問いに対し、返事は返ってこない。
「ま、これはあんた自身の問題だ。俺がとやかく口出しするつもりはないさ。さてと、俺はちょいと倉庫の方に行ってくるから、少し店を頼む。何かあったら呼びに来てくれ」
マスターは旅人風の男の態度を気にした様子もなく、そう言い残して店の奥へと引っ込んでしまった。
そうして、小さな酒場に旅人風の男だけが取り残される。
それは、彼が一人になりたいだろうと思ったマスターの最大限の心遣い。だけど、当の旅人風の男にはそれに気付き、感謝する余裕なんてなかった。
ただ黙々と。上の空で食事を続ける。
だけど。その動きも長くは続かず。不意に、手が止まる。
旅人風の男は、苦しげな声でぽつりと独白した。
「別に、気に入らないって訳じゃないさ」
それは、無意識のつぶやき。
自分でも、何を口走ったのか。理解できていなかった。
ただ。言葉を発したことにより、喉の渇きに気が付く。
一切の水分を取らずにまずい料理を口にし続けたこともあり、口の中が妙にねばついて気持ち悪い。
たまらず、果実酒の入った瓶に手を伸ばす。
そこで、旅人風の男ははっとした。
いつの間にか。自分の横に人影があった。
やや高めの背丈の、痩せた男。無遠慮に顔を見つめてみるが、とりあえず知った顔ではない。
「誰だ」
身を固くして、低い声で誰何する。
この男。ただ者ではない。
旅人風の男は、瞬時にそう理解した。
彼は、若いながらも周囲からの評判も高い腕の良い盗賊である。上の空であったとはいえ、そんな彼が、男の入ってくる気配に全く気が付かなかったのである。
旅人風の男は、警戒を強めて痩せた男の返答を待った。
しかし、痩せた男は、無言で旅人風の男を値踏みするように見つめ続けるのみ。
その威圧感に、旅人風の男の背に、知らず汗がにじむ。
そのまま。どの位、沈黙の時が流れただろうか。
旅人風の男が緊張に耐え切れずに、グラスを取り落とす。
そこで、ようやく痩せた男は口を開いた。
「お前の望みを、かなえてやろう」